周囲には桃畑を引き継いでくれる人を探している農家が多くいた。鈴木さんは2022年に亡くなった農家の畑を木ごと借り受けることにした。そして、帰郷から3年目の2023年に独立。「就農したばかりなのに、2ヘクタールもの畑を思うように栽培できるなんて夢のようです」と目を輝かせる。
従業員として参加した中には、高校時代の同級生の松崎希海(のぞみ)さん(28)、そして平松美李(みり)さん(26)がいる。
松崎さんは、農家の生まれではないが、ゆくゆくは就農して桃の栽培をしたいという気持ちがあった。だが、「もう少し会社で働いて、30代半ばに」と考えていた。
しかし、鈴木さんが「おじいちゃんの跡を継ぐ」と話すのを聞いて、うらやましく感じた。20代で経営者として踏み出す姿がまぶしかった。
「農家がどんどん高齢化しているのに、跡継ぎはいません。逆にそうした時期だからこそ、就農1年目でもチャンスがあります。やるなら今しかない」と心を決めた。松崎さんは同僚だった平松さんと一緒に勤め先を辞め、鈴木さんの桃畑で修業かたがた働くことにした。技術に自信が持てた段階で独立を目指す。
鈴木さん、松崎さん、平松さんの3人は、福島県産の桃に風評被害がなかった時代の生産を知らない。しかも、「原発事故時に農業をしていなかった僕らには何ら補償がありません」と鈴木さんは語る。
注力するのは物販サイトやSNS
それでも全国平均より安い相場で勝負していかなければならない。
このため、鈴木さんはJAへの出荷のほか、市場にも直接持ち込んでいる。「仕事が増えて大変ですが、単価を高く引き取ってもらっています」と話す。さらに、物販サイトにも力を入れている。
「これまで農家の注文販売は固定客に対してでした。でも、物販サイトでは見知らぬ人に買ってもらえます。現金で買い物をしない若手世代にもPRできます。SNSで『買ったよ』『美味しかった』とコメントしてくれたら、どんどん広まっていく。面白いですよ。わくわくします。こうしたサイト販売には風評被害がありません」と言い切る。
産地がピンチだからこそ、活躍の場が増えた若手生産者。人数は少なくても、彼らの挑戦が福島県産の桃に張られたレッテルをはぎ取り、新しい可能性を広げないだろうか。
プロサッカー選手にはなれなかった鈴木さんだが、「何者かにはなれる」という手応えを感じている。30年後の伊達地区に「この人あり」と言われるような桃農家だ。
「日中は汗くさく、泥にまみれていてもいいと思っています。作業を終えて、風呂に入ったあとにキラキラしていれば。近く結婚を予定しています。そのためにも頑張りたい。ピーチドリームをつかみます」。そう力を込めた。