「“建国”する際、中国政府に気を遣ったのかもしれない」
ちなみにモンゴル最西端の県であるバヤンウルギー県は、本作では完全に「バルカ共和国領内」に入っている。現実の世界では、人口の9割以上がイスラームを奉じるカザフ人が住まう少数民族県である。
一方、バルカ共和国の西部はカザフスタンの東カザフスタンから領土を拝借することでできあがっている。バルカの首都クーダンが位置する北部は、本来は、ロシア連邦内のアルタイ共和国だ。現実には、このあたりに大都市は存在せず、鬱蒼としたシベリアの針葉樹林が続く地域だ。
興味深いことに中国との国境線に関しては、『VIVANT』の架空世界と現実世界の間にズレは全く生じていない。つまり「バルカ共和国」は、現実の中国から領土を全く拝借していないのである。もしかするとドラマ制作陣は、ドラマ上にバルカ共和国を“建国”する際、現実の中国政府に気を遣ったのかもしれない。
また本作では、バルカ共和国は、西のカザフ系イスラーム教徒、北のロシア系住民、東のモンゴル系仏教徒、南の中国系住民の間で民族紛争があるという設定になっている。これは、「バルカ共和国」が、現実の4カ国(カザフスタン・モンゴル・ロシア・中国)の国境線地帯に位置しているということに由来した設定だといえる。しかし実際の民族をめぐる状況は、少し異なる。
この地域の中国は、新疆ウイグル自治区のイリ・カザフ自治州であり、現在でもカザフ人、モンゴル人、ウイグル人などの「少数民族」が人口の多数派の地域である。つまり、このあたりは、つい最近まで漢民族がほとんどいない、草原の遊牧民たちの土地だったといってよい。
一方、ロシア側のアルタイ共和国も、そもそも先住民であるアルタイ人の自治共和国である。その人口も、現在ではロシア人が過半数を超えるものの、いまだにアジア系のアルタイ人が4割近く暮らす地域だ。またアルタイ人は、元々遊牧民で、言語もテュルク系で宗教もシャーマニズムを信じるなど、モンゴル人に文化的にも近しい人々である。
つまり「バルカ共和国」の位置する地域は、現在では国境地帯であるとはいえ、伝統的にモンゴル人やカザフ人などの遊牧民たちの暮らしてきた地域だといえる。そして中国側を除くと、民族紛争といった問題はほとんどない平和な地域だ。現時点でも「バルカ共和国」領に相当する地域において、テロ活動や民族紛争などは確認されていない。