日曜劇場『VIVANT』(TBS系)が盛り上がっている。本作の舞台となっている「バルカ共和国」は架空の国だが、撮影地であるモンゴルの地理・文化・社会をモデルにしながらも、制作者がさまざまな改変を加えることで生み出されたと考えられる。わかりやすくいうと、「モンゴルに似せながらも、モンゴルではない国」——それがバルカ共和国だ。
筆者は、モンゴルで長年フィールドワークを行ってきた、文化人類学を専門とするモンゴル研究者だ。この記事では、モンゴル研究者の視点から、本作の舞台「バルカ共和国」がいかにして創造されたのか、推理していきたいと思う。前編では「地理」や「衣装」から読み解ける『VIVANT』とモンゴルとの関連を紹介してきたが、まだまだこれだけでは終わらない。二階堂ふみの発音が印象的な「言語」、二宮和也のノコルがもつ「意味」、堺雅人のある行動に驚きを隠せない「食事」、そしてこの『VIVANT』というタイトルは——。(全2回の2回目/前編を読む)
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二階堂ふみのモンゴル語は「ネイティブかと…」
劇中で話されるバルカの言語は、紛れもなくモンゴル語だ。なんと日本の著名な俳優たちが、モンゴル語を話している! 決してメジャーな言語とは言えないモンゴル語を! このドラマを初めて見たとき、筆者は、同国を研究する者として昂ぶる気持ちを抑えられなかった。
特に柚木薫を演じる二階堂ふみのモンゴル語は、時折ネイティブかと思うくらい発音がきれいだった。乃木憂助(堺雅人)は、ジャミーン(Nandin-Erdene Khongorzul)と話すときは流暢だが、テントの幹部アル=ザイール(Erkhembayar Ganbold)と話すときには、片言だった。それは「付け焼き刃で言語を学んだ商社マンが片言の外国語を話す姿」をわざと演じ分けているようにすら思えた。そして野崎守(阿部寛)のモンゴル語は、なぜか英語風だった。
その一方で、地名や人名にはモンゴル語のようでいて、現在のモンゴル国では使われない架空の名前がつけられている。それには、いくつかの方法がとられている。
まずは、人名に現代モンゴル語ではなく中世モンゴル語の語彙を使うという方法。例えば、テントの首領、ノゴーン・ベキ(役所広司)。ドラマでは「緑の魔術師」と訳されていた。彼が、砂漠地帯を作物のとれる緑の楽園に変えて、現地で英雄となったことから、名付けられたのだという。確かに「ノゴーン」は、モンゴル語で「緑の」という意味だが、ベキは現在では使われなくなった中世の言葉だ。
例えば、チンギス・ハーンの宿敵である「森の民」メルギド族の族長は、トグトア・ベキと言った。彼は呪的能力に富んでいたとされ、20世紀初頭のロシアのモンゴル学の泰斗B.ウラジーミルツォフは、ベキを「巫者的権能を有する王者」と解釈した。要するにシャーマン王である。