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 赤池はこう振り返る。

「学校の保健の授業でHIVについて学んだことがきっかけでした。エイズという病名が騒がれた時代だったし、地域の小中学校で妊娠が多かったことから、早期の性教育が行われたようです。『HIVなどの感染症が移るから性交渉をしないように』という話がありました。僕は性の知識が全然なかったので『自分は口に射精されたのか』というショックが大きかったし、感染症が怖くて、極度の潔癖症になってしまったのです」

 被害直後にケアや知識を受けられれば、あるいは性教育がもっと丁寧に行われていれば、受け止め方が違ったかもしれないと、今の赤池は考える。しかし、そうした機会はなかった。

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本棚と本棚の間から見ている男が

 赤池の両親は教育熱心で、長男を私立の中学校へ行かせようと考えていた。

 その長男が突然、手や体を洗い続けて洗面所の床を水浸しにするようになったのが理解できず、たびたび叱った。長男に「きれいになった? 大丈夫?」と聞かれるたびに、「きれいだよ、汚くないよ」と答えなければならない状況にも苛立つようになった。

 だが答えないでいると、長男はパニックになり殴りかかってくる。

 手に負えなくなった両親は、長男を精神科のクリニックへ連れて行った。

 両親が医師に相談したのは“家庭内暴力”だった。性被害のことは語られなかった。

 精神科医も、息子である赤池が手や体を洗い続けるという状況には関心を示さず、両親が語ったことを受けて「暴力を振るっちゃダメだよ」という話をするばかり。

 診察のたびに「怒られてつらい」と感じた赤池は、通院を嫌がるようになり、医療との接点は切れた。なお、この時の医師は後に交際女性を殺害し、医師免許を剥奪されている。

 両親は警察署に“家庭内暴力”を相談したこともあったが、事態は改善しなかった。赤池は小学校高学年になると、自宅の鍵やガス栓を閉めたかを何度確認しても安心できないようになった。それもまた両親を疲弊させる原因となった。

 

 赤池は勉強に身が入らず成績が低迷し、近隣の公立中学に進学した。

 中学生になった頃、赤池は信じがたい光景を目にしている。

 父親に勧められた本を借りに、近所の図書館へ行った時のこと。その日は「おはなし会」が開かれ、幼い子どもたちがたくさん集まっていた。

 その様子を、本棚と本棚の間から見ている男がいた。顔をみて「あっ」と思った。

 4年前に自分に性加害をした男だと感じた。以前の服装とは異なり、土木作業員の格好をしていたが、間違いないと感じた。子どもたちを物色しているようだった。

 赤池の膝はガクガクと震えてきた。反射的に身を翻して、自宅まで戻った。被害当時には感じなかった恐怖に襲われた。怖すぎて誰にも言えなかった。

本記事の全文、および秋山千佳氏の連載「ルポ男児の性被害」は「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

 

■連載 秋山千佳「ルポ男児の性被害」
第1回・前編 「成長はどうなっているかな」小学校担任教師による継続的わいせつ行為《被害男性が実名告発》
第1回・後編 《わいせつ被害者が実名・顔出し告発》小学校教師は否認も、クラスメートが重要証言「明らかな嘘です」
第2回・前編 中学担任教師からの性暴力 被害者実名・顔出し告発《職員室で涙の訴えも全員無視》
第2回・後編 《実名告発第2弾》中学担任教師から性暴力、34年後の勝訴とその後「ジャニー氏報道に自分を重ねる」
第3回・前編 《実名告発》ジャニー喜多川氏から受けた継続的な性暴力「同世代のJr.は“通過儀礼”と…」
第3回・後編 《抑うつ、性依存、自殺願望も》ジャニー喜多川氏による性暴力 トラウマの現実を元Jr.が実名告発
第4回・前編 「なぜ今さら言い出すのか」性被害を訴えた元ジャニーズJr.二本樹顕理さん 誹謗中傷に答える
第4回・後編 「ジャニーさんが合鍵を?」元Jr.二本樹顕理さんを襲った卑劣な“フェイクニュース”
第5回・前編 「性暴力がなければ障害者にならなかった」41歳男性が告発 小学3年の夏休みに近所の公衆トイレで…
第5回・後編 《母は髪がどんどん抜け、妹からは「キモい」と…》性被害後の家族の“拒否反応”の真実 41歳男性が告白
第6回・前編 目の前で弟に性虐待を行う父親 「ほら見ろよ」横で母親は笑っていた《姉が覚悟の実名告発》
第6回・後編 「絶対に外で言うなよ」父親の日常的暴力と性虐待の末に29歳で弟は自殺した《姉が実名告発》
第7回・前編 NHK朝ドラ主演女優・藤田三保子氏が“性虐待の元凶”を実名告発「よく死ななかったと思うほどの地獄」
第7回・後編 「昔、兄にいたずらされたことが」塚原たえさんの叔母、藤田三保子氏が“虐待の連鎖”を実名告発

 

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秋山千佳サイト http://akiyamachika.com/contact/