「変なおじさんに口の中にちんちん入れられた」
喉が苦しくて泣きながらドアを開けると、玄関で父が待っていた。
「変なおじさんに口の中にちんちん入れられた」
そう報告すると、父は「すぐ警察署に行こう」と赤池を連れて出た。マンガはいつのまにかなくなっていた。「もう1回買ってあげるから諦めろ」と言われた。
加害者は、まもなく逮捕された。罪名は赤池には知らされなかったし、今も知らない。
警察署に呼ばれた赤池は、マジックミラー越しにその姿を見た。「あの人が犯人?」と刑事に聞かれ、「そうです」とうなずいた。動揺はなかった。
「犯人の確認の時も、被害当日に現場検証や事情聴取をされた時も、たびたび『大丈夫?』と心配されました。でも当時の僕は、されたことの意味がよくわからなかった。変な行為だと思うくらいでピンピンしていたんです」
両親は加害者への民事訴訟を検討し、刑事に相談したが、諦めざるを得なかった。
というのも、刑事が両親にした話では、加害者は住所不定無職の50代で、精神障害者。男児・女児問わず子どもを誘拐する常習者であり(赤池以外に性加害があったかは刑事から説明がなく不明)、この事件の少し前に刑務所から出所したばかりだったという。
要するに加害者には、賠償金を支払う能力がまったくなかった。
赤池にはHIVなど性感染症の検査も行われ、半年後までにすべて陰性という結果が出た。心身ともにダメージが残らなかった、と周囲からは受け止められていた。
ただ、赤池が元気でいられたのはこの頃までだった。
「結局、時限爆弾のようなものでした」
子ども時代の性被害のトラウマを“時限爆弾”と表現するのは赤池だけではない。筆者が取材した別の女性も「抱えてきた時限爆弾が弾けた」と口にしていた。
被害の瞬間や直後ではなく、後になって深刻な影響が表れることが珍しくないのだ。
4年生になって異変が
赤池のように「知らない人」から性被害に遭う子どもはどれほどいるのか。
平成27年版犯罪白書では、加害者と被害者の関係について以下のように示している。
小児強姦型の場合、3割弱が親族であり、4割弱は親族以外の面識のある者(インターネットの出会い系サイト等)。小児わいせつ型の場合、1割強が親族であり、3割強が親族以外の面識のある者(日頃から関わりのある者等)だった。
このデータからすると、小児強姦型で3割強、小児わいせつ型で6割弱が「知らない人」から受けた性被害ということになる。
また、小児性犯罪者の治療に携わってきた精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳は、著書『小児性愛という病』で、第二次性徴前なら男児・女児どちらも対象にするという加害者が一定数いることに触れている。
さらに、前出の犯罪白書は、複数回の刑事処分を受けていながら小児性犯罪を繰り返している者が一定数いることを示している。
赤池のケースはこれらに該当する加害者だったようだ。
被害当時小学3年生だった赤池は、加害者について詳しい話を聞かされなかったし、行為や検査の意味も知らされず、そのまま忘れていくかと思われていた。
しかし、4年生になると、赤池の言動に異変が生じた。
手を洗っても清潔になった気がせず、入浴時も数時間は体を洗い続ける。また、犬の糞などの汚物を見ただけで、自分の体についたように感じてしまう。そして親に「ついていないよね? 大丈夫?」と尋ね、大丈夫だと言われても執拗に確認せずにはいられなくなった。