そして最後が日本固有の要因だ。人件費の高騰である。建設業に従事する人の数は1997年の685万人をピークに下がり続け、2022年には479万人。25年間で実に30%も減少している。特に鉄筋工や型枠工といった専門技術を必要とする職種はベテラン作業員の高齢化による退職が相次いでおり、人数のみならず年齢構成や職能によるバランスが保てなくなっている。人手不足は人件費の高騰を招く。これらに加えて、2024年度からは建設業においても時間外労働の規制や週休2日制の導入など働き方改革が実施される。
販売価格や賃料への波及
建築費の高騰はいろいろなところに波及する。マンションを建設して分譲販売する業者にとっては、商品原価の高騰は、販売価格に転嫁しなければならない。首都圏における新築マンション平均価格は2022年で6288万円。15年前の2007年4644万円に比べ35.4%の上昇。1㎡当たりの単価でいえば54.9%もの大幅な値上がりになっている。もはや一般庶民では到底手が届かない代物になってしまったのが新築マンションだ。
影響はマンションばかりではない。都内で建設されるオフィスビルも高い賃料が見込める都心部の大規模ビルであれば、予想する賃料収入で建設費を賄うことができるが、新橋や神田などに多数ある中小ビルは、築年が経過して建替えようにも現状の建築費では、土地代を加味しなくても、想定する賃料水準では到底投資資金を回収できないものになってきている。最近はコロナ禍以降のテレワークの定着や大規模オフィスの大量供給により、空室率が高止まり、さらには賃料水準も3年間にわたって下落し続けているため今後は大規模オフィス建設にも影響が出てきそうだ。
賃貸マンション建設においても、現状の建築費では店子の賃料を1坪あたり1万5000円から1万7000円に設定しないと、投資資金の回収が20年以上かかってしまう。この坪単価でいえば、1Kと呼ばれる8坪(26㎡)程度の部屋で12万円から13万円弱になる。大企業などに勤める高収入の店子でなければ借りられる水準ではない。
駅前や地方主要都市「再開発事業」への影響も
こうした流れは鉄道ターミナル駅前や地方主要都市で数多く行われている再開発事業にも影響を及ぼしている。昨今名古屋市栄地区にある名古屋三越栄店の入るビルの建替え計画の凍結が発表された。理由は建築費の高騰とオフィスマーケットの先行き不安によるものとされる。また2030年度末の北海道新幹線の札幌延伸を見込んで計画されていたJR札幌駅南口の再開発ビルについて事業主であるJR北海道が資材高騰と人件費上昇を原因とした数百億円の事業費増を理由に、工期の変更や事業規模の縮小に入った。同じ札幌駅前の札幌西武跡地の再開発計画では地上35階建てを31階に縮小、ホテル部分の誘致を断念するに至っている。
市街地再開発事業は、道路や公園、公共施設などの整備を目的に容積率の割り増しを認め、地域の高度利用を促進するための事業で自治体などの補助金が投入される開発モデルだ。最近では、容積割り増し部分の床(マンションやオフィス)を買い取る業者が現れず、自治体自らが補助金に加えて床を買い取る事例も水戸市や神戸市、岡山市、和歌山市などで起こっている。建築費の高騰で保留床と呼ばれる割り増し部分の床の価格が高騰し、デベロッパー側の採算が合わなくなっているのである。