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 女性からすれば、匿名で子どもを託せることにこそベビーボックスの意味があるのだが、一方で、子どもの出自を知る権利は侵害される。日本は母親の事情よりも子どもの権利を重視しているとも言えるだろう。なお、この2つの権利の対立を改善するために、慈恵病院は昨年度、女性の身元情報を病院に預かり将来開示することへの了承を得る試みに着手している。

後日、自ら連絡をしてきた女性…行政はどう対応したか

 慈恵病院から連絡を受けた警察と児相が来院し、Aちゃんは一時保護された。女性はその日「考える時間がほしい」と身元を明かさず一人で三重に帰り、翌日、自ら電話で慈恵病院に名乗った。その情報を慈恵病院が熊本市児相に連絡。熊本市児相が女性の住む三重県の児相に連絡している。

女性が留置されている留置施設のある松坂警察署

 慈恵病院では、2018年から2021年の4年間にゆりかごに預け入れられた27件のほとんどについて母親から直接話を聞き、その内容をもとに発達症を専門とする精神科医に意見を求めた。その結果、9割以上に、(1)親からの被虐待体験、(2)ボーダーラインの発達症(被虐体験による二次障害的な発症も含む)または知的障害、(3)家族(特に母娘)関係の問題、のいずれかが該当したという。

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「女性にもこれらと合致する背景があった可能性は高い。孤立出産後の心身のダメージのケアも必要でした」と蓮田氏は指摘した。

 では行政は女性のケアにどのように取り組んだのか。事件の起きた三重で、女性と行政との接触をたどった。

未受診のため、保健センターでは把握できず

 妊娠すると、私たちは産婦人科を受診し、市区町村の保健センターで母子健康手帳の交付を受け、妊娠中の経過や出産時の母体と新生児の記録などの医療上必要なデータは母子健康手帳で管理される。だが彼女は未受診だった。

 津市中央保健センターの青百合恵所長は残念そうな顔をした。「母子健康手帳を渡す際の保健師による面接で、気がかりの見つかった女性については、妊娠中、出産後と地域の保健師がフォローしますが、このおかあさんは母子健康手帳を交付されていなかったため、保健センターでは把握できませんでした」

 そうは言っても、日本には、母と乳幼児の健康保持をはかることを目的とした母子保健法がある。三重県の児相は、熊本市児相から情報を得た段階で津市保健センターにつなぐことはできたはずだ。女性は孤立出産後の医療的ケアや保健師の訪問を受けられなかった。