しかし次女の出産時にも周囲の手助けが得られなかった辛い経験もあり、女性は限界だった。
Aちゃんの死亡事件を受けて事実を公表した同院理事長の蓮田健氏は話した。
「ゆりかごに預け入れる方は、育てられない事情があって、赤ちゃんを他者に託すことを望まれます。ところがあの方は、(いずれ)自分で育てたい、必ず迎えにくるとおっしゃいました」
ゆりかごに預けられた後、赤ちゃんはどうなるのか
ここで、赤ちゃんがゆりかごに預け入れられた後の動きを説明したい。赤ちゃんを預け入れた人物と接触できたかどうかにかかわらず、慈恵病院は所轄の熊本南警察署と熊本市児童相談所(以下、児相)に通報するという運用上の取り決めがある。警察は事件性の有無を確認し、児相は赤ちゃんを一時保護するためだ。
母親と接触できたときは慈恵病院が事情を聞き、診察をする。匿名のまま去った場合、熊本市児相は赤ちゃんの出自を知る権利を守るという理由で身元調査(社会調査)を行う。断片的な情報により母親の居住地を特定すると、赤ちゃんを実母の暮らす自治体の児相に措置移管する。
これは、戸籍や母子保健に関わる領域は母親の住民票のある居住地の基礎自治体が担当するからだ。母親の居住地の児相は、「保護者は児童の育成に第一義的責任を負う」とする児童福祉法に基づき、家族の再統合(親が子を育てる)を前提に、母親と接触を重ねながら母子関係を見極めて、家庭復帰、里親委託、特別養子縁組等に進んだりする。
21年に専門部会が発表した検証報告書によると、ゆりかごに預けられた155人中124人について実母情報が突き止められた。
このように親の身元を調査する背景には、ゆりかごの法整備が行われず、あくまで緊急避難的な位置付けのままであり、実際には現行法に則って運用するほかないというジレンマがある。単独戸籍ではなく、戸籍制度に沿って母親の戸籍に入れるために親を探すことになるのだ。これは日本独自のシステムで、ドイツをはじめ複数の国でベビーボックスが運営されているが、親を追跡調査する国はない。