是枝裕和監督のカンヌ受賞作にもなった「ベビーボックス」。遺棄罪に問われずに匿名で赤ちゃんを預け入れることができる施設だが、じつは日本では児童相談所が実母の追跡調査をし、子の家庭復帰を目指す。預けられた赤ちゃんの実母が判明したのは155人中124人。そして事件は起こった。
『週刊文春WOMAN2023秋号』より、記事の一部を紹介する。
一度は手放した子供と再び暮らすようになり、事件が発生した
「右腕があたった、かもしれない」
42歳の母親は警察の事情聴取でこう話したという。
三重県津市で今年5月、4歳2カ月の女児Aちゃんが急性硬膜下血腫から生じた脳ヘルニアで死亡した。
4日前の5月22日、床上30センチのローテーブルに立っていたAちゃんが転落。司法解剖の結果、皮下出血が複数箇所に見つかり、体重は平均体重より4キロも軽く、爪は伸び、身体には垢がたまっていた。ネグレクトの痕跡だった。
1カ月後、6月29日に三重県警は母親を傷害致死罪で逮捕。7月20日、津地方検察庁が起訴した。
女性は未婚で三人の子どもを育てていた。小学校高学年の長女、就学前の次女、そしてAちゃんである。
4年前、Aちゃんは孤立出産で生まれた。女性は自宅アパートの風呂場でたったひとりでAちゃんを出産したのだ。当時小学校低学年の長女には「預かった赤ちゃん」と説明したという。
一週間後、一人で10時間車を運転して830キロ離れた熊本市にある民間病院、慈恵病院を目指した。同院は「こうのとりのゆりかご」(以下、ゆりかご)を運営する。ここは、遺棄罪に問われずに匿名で赤ちゃんを預け入れることができる。女性はゆりかごにAちゃんを預け入れたのだ。
つまり、彼女は一度はAちゃんを手放そうとしていた。しかし女性とAちゃんは2年を経て再び一緒に暮らすようになり、やがて事件は起きてしまった。
「自分で育てたい、必ず迎えにくる」と言っていた
その日、女性はゆりかごの扉の前で立ち尽くしていたという。ゆりかごの扉は赤ちゃんを預け入れていったん閉まると開かない構造になっている。発見した職員が中へ招き入れると、経済的に困窮していることを話し、涙を流した。だが、「上の子を児相にとられたくない」「特別養子縁組の方が(Aちゃんは)幸せになれると思うが、自分で育てたい」とも訴えた。
当時、病院が聞き取った記録によると、浴槽での出産中に頭が出てきたときから手をあててAちゃんを浴槽にぶつけないよう自分の体に引きつけた、へその緒をダブルクリップで留めてハサミで切った、など、新しい命を守ろうとしていたことがうかがえる。