ヒーローとヒロインを両立させたのんの“神業”
『あまちゃん』におけるのんは、ヒロインというよりも、どこか、アキの父・正宗を演じた尾美としのりのポジションに近い。つまり、ヒロインを見つめる、視聴者の代弁者のようでもあったのだ。尾美としのりこそ、『あまちゃん』で重要になる時代――80年代のアイドル映画『時をかける少女』(1983年)の原田知世、『さびしんぼう』(1985年)の富田靖子などのフレッシュなヒロインに適切なリアクションをすることで、観客の心を代弁するし、ヒロインの見方を正しくガイドする役割を担っていて、『あまちゃん』でも春子の夫役として、見事にそれをやってのけていた。春子をヒロインにしたのは、尾美としのりであり、のんである。
さらにのんは、春子のみならず、ユイも、鈴鹿ひろ美もヒロインにするという神業までやってのけた。のんはよく取材で「ヒーローになりたい」と語り、それをタイトルにした持ち歌もある。彼女が演じたアキは、ヒロイン(ユイ)を見つめ、手を差し伸べるヒーローポジションなのである。ユイちゃんを一番愛しているのはやっぱりアキだと思うから。『あまちゃん』が今日的なのは、アキの存在がジェンダーレスであったこともあるだろう。ヒロイン・春子と彼女をみつめる正宗から生まれたアキだからこそ、ヒーローでありヒロインなのだ。
ドラマと同じ、のんと小泉今日子の“独立”
震災やアイドルの道の挫折など、過去に基づいていたはずの『あまちゃん』が、回り回って、疫病やジェンダー、影武者などの価値観が未来に繋がっていた点は、もうひとつある。
ドラマの中盤、アキは東京で大手アイドル事務所に入るものの、いろいろあって独立することになる。演じていたのんも『あまちゃん』後、事務所から独立し、独自の路線で活動していく。また、春子は一念発起して芸能事務所を作り社長になる。演じていた小泉今日子もその後、50代になったことをきっかけに事務所を設立し社長となった。
宮藤官九郎が、優れた作家の勘で、のんや小泉今日子の未来を予想したのか、あるいは、彼女たちが物語に引っ張られてしまったのか、わからない。が、ドラマのイメージをこれほどポジティブに引きずっていられることも珍しい。それができたのはほかに、『潮騒のメモリー』の元ネタである映画『潮騒』(1975年)でも共演しその後もずっと共演を続け、私生活でも結婚し、まるで神話のようになった山口百恵と三浦友和くらいであろう。
いずれにしても、のんが期せずして、自分にしかない表現を探求して、既存のシステムとは違う道を歩んだことは、未来に光を灯すアクションであった。アキものんも、神話を作り出すヒーローなのである。