新人には難易度の高い演技で食らいついた
『あまちゃん』というドラマは見るほうが楽しいが、演じるほうにしたら難易度が高い。ある程度の演技巧者でないと難しいからこそ演劇経験の豊富な俳優たちが多く参加して盤石な体制がとられていた。それによって伝えたいことを明確に理解することもできれば、一方で、朝ドラにしてはハイブローな表現についていけない視聴者もいたはずなのだ。
そのなかでのんは、どんな場面でも、全身全霊でリアクションをしていて、彼女の表情の変化を見ることで、ここは情緒的なシーン、ここは笑うシーン、というふうに内容がわかる。ナレーションはいわゆる説明セリフが多く、言葉と、のんの表情、つまり音とビジュアルの2本立てで、ひじょうに物語が明瞭になった。ずぶの新人にはこれは難しく、ただ明るくニコニコしていることで精一杯になりがち。それをまわりの巧者の演技で単純化しないように工夫されている。のんの場合は、巧者たちにこれでもかと食らいついて、結果、全員を輝かせているようにも見える。
例えば、アキが北三陸で海女になり、ウニを獲ろうとしてなかなか獲れないとき、安部ちゃん(片桐はいり)が影武者(落ち武者)として助け舟を出す。でもアキはそれを良しとしない。守られることに甘んじず、能動的になっていく。同じように、のんが新人のフレッシュさと俳優としての技巧を合わせもっていたからこそ、物語が重層的になり、『あまちゃん』は奇跡の一作となったのだ。
「年齢を重ねて図太くなっているのかなあ」
2022年、映画『天間荘の三姉妹』に主演したのんに、パンフレット用のインタビューをした。本作は『あまちゃん』のアキを意識して主人公が描かれた同名漫画が原作になっている。そのとき、彼女は役について極めてロジカルで、しかも饒舌だった。『あまちゃん』から10年経つのだから成長も当然だが、アニメーション映画『この世界の片隅に』(2016年)の頃とは違うと感心する編集者に、のんはこう言った。
『この世界の~』の頃は、何が正しい解答なんだろうとずーっと言葉を探していて、時を止めてしまうこともありました。
「年齢を重ねて図太くなっているのかなあ」と笑う彼女は、10年前の個性だった猫背ではなく、すっと背筋を伸ばしている。おそらくだが、『あまちゃん』のときも、『この世界~』のときも、頭のなかにはたくさんの言葉やプランがあったのだろう。そしてアグレッシブに表現することに立ち向かっていたのだろう。それが時に、春子役の小泉今日子や鈴鹿役の薬師丸ひろ子を、最高のヒロインにすべく、体を張っているように見えることすらあった。