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高野 曲線が多くて、すごく伸び伸びしてるんですよね。僕が最初にこの図柄について知ったのは、長年、世界中の民族の布を扱ってきたディーラーの榊龍昭さんという方のブログだったのですが、榊さんによると、このマーシュアラブ布だけはあまりにも他と違う別格の布。

 基本的に、中東にしろ中央アジアの布にしろ、20世紀前半までの主な民芸品・工芸品はほぼ知りつくされ、分類され、評価されている。だがこれだけが、1980年代に入っても、名称もどこの産地かもわからなかった。それが2004年になってやっと、ニューヨーク大学の考古学者オクセン・シュレイガーの湿地帯の調査から、マーシュアラブの布という名称がつけられた。

高野秀行さん

酒井 生活の中で使われている伝統的な日用品って、名前がついてなかったから、そんなに貴重なものだとは思わず、意外に気に留めていないものなんですよね。

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布のミステリーを探求する旅に、現地の人は…

高野 そうなんです。イラク人に布の実物を見せると、「あ、知ってる知ってる! 俺の友達のうちにあったよ」というので、「ぜひ写真送ってもらって」というと全然違ったことが何度かありました。

 どうやらこの布は、ある限られた場所で作られていたらしいというのが段々わかってきて、そのミステリーを探求する旅だったわけですが、僕に付き合ってくれる湿地民の人たちは、「タカノはなんでこんな布に興味持ってるんだろう?」という感じでしたね(笑)。

酒井 私もバグダードで使っていた布、とっておけばよかった!

高野 そしたら今すごい価値で、いい値段がついたと思いますよ。今日はすごく楽しいお話をありがとうございました。

酒井 こちらこそありがとうございました。

(青山ブックセンターにて)

高野秀行(たかの・ひでゆき)  

 ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。ポリシーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞、『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞等を受賞。他の著書に『辺境メシ』(文春文庫)、『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)などがある。

酒井啓子(さかい・けいこ)

 

 千葉大学大学院社会科学研究院教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。京都大学にて博士号(地域研究)。アジア経済研究所研究員、在イラク日本大使館専門調査員、在カイロ海外調査員、東京外国語大学教授を経て、2012年から現職。著書に『イラクは食べる』(岩波新書)、『9.11後の現代史』(講談社現代新書)、『「春」はどこにいった』(みすず書房)などがある。

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。