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海外で向こうから話しかけてくる人は信用しない方がいい

高野 中東の部族(『イラク水滸伝』では「氏族」。意味は同じ)社会は、巨大なファミリーですよね。だれかが危害を加えられたり、危険な目にあうと、ファミリーで団結して戦う。あるファミリーに世話になると、ゲストに危害を加えられるのは一番の屈辱になるので、自分たちのメンツをかけて守ってくれるんですね。だから危ない場所に行くとき、世話になっている部族のボスの名をさらっと出して「実は俺、仲が良いんだぜ」とアピールして、間違いが起きないように牽制したりしてました。多少のデメリットは、もう安全とのトレードオフです。

酒井 アラブの部族社会って、祖先から代々続く家の感覚を強くもっています。聖書に「アブラハムはイサクの父であり、イサクはヤコブの父、ヤコブはユダとその兄弟たちとの父……」といった系図が出てきますが、いまだにあの名乗り方をしているのがアラブ世界。代々の名前を言うのも、俺の一族の先祖には、有名な誰それがいるんだぜという自慢です。先祖自慢合戦なので、より大きなカードを出されると「あ、負けた」みたいな感覚がある(笑)。

 高野さんは、「信頼できる人」をどうやって嗅ぎ分けているんですか?

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高野 海外で向こうから話しかけてくる人は、あまり信用しないほうがいいと経験上思っています。もちろん中には普通に親切な人もいますが、とくに理由もないのに外国人に話しかけてくる人はどうかと思いますよね。

ハンカチを貸したら「この子はいい子だ」「泊るところあるの?」

酒井 基本的にそうですね。ふと思い出した、昔のエピソードをひとつ話してもいいですか。私がまだ20代の研究員だった頃、友人と行ったトルコのクルディスタン地域の旅行で、長距離バスに乗っているとどんどん夜遅くなり、果たして目的地に着くか不安になったことがありました。まわりはクルド人が多くて言葉がわからず、その日泊まる場所に向かっているかどうかもわからなくなってしまって。たまたまバスがトイレ休憩で停まったさい、お手洗いで、バスで乗り合わせたあるお婆ちゃんがハンカチがなくて困っていたんで、私が自分のを貸してあげたんです。

酒井啓子さん

 そしたらバスに戻って、お婆ちゃんの家族が突然「お前には世話になった」といって私に指輪をくれたんですね。ちょっとしたハンカチの貸し借りから、「この子はいい子だ」となって、「何しにいくの? 泊るところあるの?」というので、「宿を決めてはいるんだけど、行けるかどうかわからない」という話をしたら、終着のバス停でその家族が「どこもレストランはもう閉まっているから、うちで食べていけ」と家に招待してくれた。

 家にご訪問して、何かお手伝いをしようと、厨房で食事の準備を一緒にやったら、ますますコイツはいい子だとなり、ご馳走になったあとは、私達を目的地のホテルまで車で夜中に送ってくれたんです。