謎の巨大湿地帯に挑んだ新著『イラク水滸伝』が話題のノンフィクション作家・高野秀行さんと、中東研究の第一人者・酒井啓子さんが語る、危険地帯で身を守るコツからマーシュアラブ布の魅力まで。(全2回の2回目/前編を読む)
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高野さんが考える究極のサバイバル方法は…
酒井 中東研究者からすると、やはりこのエリアは政治情勢が不安定で、治安が悪い。だから現地の言葉が使えて、かなり旅慣れしている探検家の方でないと、なかなか地元のコミュニティに入っていって取材できるものではないと思います。「あ、今ちょっと雰囲気が悪くなったぞ、ここは引こう」みたいな勘が働かないと危ないでしょう?
高野 そうですね。僕は、危険地帯に行くことが多いんですが、なにも危険好きなわけでなく、人が行ってないところに行こうとすると、自ずと危険地帯になりがちなんですよね。
おっしゃるように危険に対する勘は、慣れが大きいと思います。いつも僕が基本的にやっていることは、まず現地の言葉を極力習って意志疎通をできるようにする。それをイラクの場合は最初すっ飛ばそうとして、先生のアドバイスで基本に立ち返ったわけですが(笑)、やはり「地元の人とコミュニケーションがとれる」「現地で一次情報が取れる」のは圧倒的なセキュリティ対策になるんですね。
それともう一つ、「信頼できる人を見つける」ことを大事にしています。面白いことに、どんなに情勢が荒れている地域でも信頼できる人は必ずいます、誠実な人が。それは、内戦が30年間続いて熾烈な部族抗争があるソマリアでも、アフガニスタン、カンボジア、ミャンマー奥地でもそうだった。
究極のサバイバル方法は「誠実さ」じゃないかと思うんです。自分が誠実であること、誠実である人を見つけること。もちろん、現地の「誠実な人」が100%僕に本当のことを言うわけではない。でも肝心な時に、裏切らない、困ったときに助けてくれる人、正確な情報を教えてくれる人は、どこの国にも必ずいる。そういう人を捕まえて親しくなると、その人が次の人を紹介してくれる。誠実な人が紹介してくれる人は、誠実である確率が高い。そうやって、現地の信頼できる人の情報を頼りに旅をしてきました。
酒井 アラブ世界は、一度相手の懐に飛び込んでしまえば、すごく力になってくれます。ある種、その一族の客人みたいになるので、「こいつの身に何かあったら、俺達一族を敵に回すからな!」という関係性のなかに入ってしまうのが、一番安全なパターンですよね。
ただ、懐に飛び込んだら部族社会特有の不便さもあるでしょう。なにかいさかいが起きたら、逆に、一族全員を敵に回すみたいな話になりかねないし、『イラク水滸伝』には、守ってもらえる反面、その部族の影響の及ぶ範囲外では自由に行動できなくて、取材に苦労されたと書かれていましたね。