まず雑誌が報道し、これを海外メディアが取り上げる。さらに、それを日本の新聞、テレビが報じ、大きな流れが出来る。この辺は、今回のジャニーズ事務所とよく似ている。
そして、当時、日本の政治記者、特に田中担当の記者は、世間の強い批判に晒された。長い間、すぐ側で取材しながら、金脈疑惑を知らなかったか。もし知っていたら、なぜ、書かなかったか。これについて、共同通信の政治部で田中を担当した野上浩太郎は、後年、著書でこう述べた。
「勇気は残念ながら私にはなかった」
「密着取材をしていながら、金脈疑惑の実態をほとんど知らなかったことへのやりきれなさは残る。ただ、弁解が許されるならば、実力政治家の密着取材と、巨額の政治資金をどういうやり方で集めているのかという取材は、なかなか両立しないのである。
確かに田中を担当しながら、政治に桁違いのカネを使っているらしいこと、小学校しか出ていない人物が54歳の若さで内閣総理大臣になるまでにはカネの面で相当『無理』をしているらしいことは、ある程度、分かっていた」
「その過程で、『あなたはどういう手段で政治資金を集めているのか』という質問をする勇気は残念ながら私にはなかった。勇気というより、その質問をすれば田中は激怒するばかりで、それ以後、政局にかかわる『本音取材』ができにくくなることは目に見えていた」(「政治記者『一寸先は闇』の世界をみつめて」)
これは、当時、田中を担当した記者全員の偽らざる気持ちだろう。
そして、野上は著書で、田中の金遣いの荒さを目撃したことに触れた。ゴルフ場でプレーを終え、キャディたちにチップを払った時だ。分厚く膨らんだ財布、そこから1万円札を10枚程、鷲掴みに引き抜く。それを1、2枚ずつ、黙って手渡していた。また、ある晩、築地の料亭を出た際、酔った田中は、1万円札の束を左手に握り、仲居たちに片っ端からチップを渡した。
いずれも、野上は恐ろしくなって、思わず目を逸らしたという。
ここで、田中角栄の功罪には触れない。だが、今まで読んで気づいた人もいるかもしれない。政治記者を芸能記者、田中担当をジャニーズ担当に置き換えても、立派に通じるのだ。
政界も芸能界も、大きな勢力を持つ派閥、事務所がある。ネタを取るには、派閥の領袖、事務所の実力者に「食い込む」必要がある。それには、まず密着せねばならない。また、相手の嫌がることを訊くのは、タブーだ。そして、食い込みたいあまり、取り込まれる者もいる。誰々「ベッタリ記者」というやつだ。