羽田空港のトイレで出産
実はKさんは、誰にも言えない秘密を抱えていました。就職活動をしながら、臨月の身だったのです。両親はこれまでになく喜んで就活を応援してくれます。「関係が崩れるのが怖い」と思い、相談できません。
2019年11月、就職活動のために上京した羽田空港のトイレでKさんは赤ちゃんを産み落とします。そして直後に殺害。遺体を紙袋に入れて空港内にあるカフェに向かいます。
そこでアップルパイとチョコレートスムージーを注文し、写真を撮影。「頑張っている自分へのご褒美」というコメントをつけてインスタグラムにアップしています。その夜、Kさんは東京都港区の公園に移動し、素手で穴を掘り、遺体を埋めました。そうして翌日、予定通りに就職面接を受けたのです。
気づかれない「境界知能」だったKさん
赤子の殺害の事実だけを記事で読めばKさんのことをサイコパス的な、まるで理解不能な人間、その行動は常識が通じない身勝手なものだと思われた方もおられるかと想像します。
Kさんの事件の判決は2021年9月に下されました。裁判長は「就職活動への影響を避けるべく、自らの将来に障害となる女児の存在をなかったものにするため殺害した。身勝手で短絡的だ」と述べ、懲役5年の実刑判決を言い渡しました。
でも果たして、「身勝手な人間だからこんな犯罪を行った」のでしょうか。実は、この事件にはある背景がありました。
公判前の検査では、被告人のIQは74で「境界知能」に相当していたのです。境界知能は、正常域と知的障害の間に追加されるイメージです。一般に、IQ70以上は知的障害と判定されないことも少なくありません。しかし、IQ70~84は、何らかの支援が必要とされる「境界知能」に当たります。「知的障害グレーゾーン」とも呼ばれる境界知能は統計学上、人口の約14%が該当します。成人でおよそ中学3年生程度の知的能力です。障害ではないので、行政の支援の対象外です。行政の福祉サービスを受けるには、療育手帳を取る必要がありますが、境界知能では、手帳は取れません(ただし、発達障害で手帳を取れる可能性はあります)。