若かりし頃、ヒグマの子供との同居を始めたムツゴロウさん。夜も昼も一対一で過ごし、体は血まみれ、穴だらけ。そんな危険な状況でも、ヒグマとの同居をあきらめなかったムツゴロウさんの執念を、2023年4月の亡くなる直前まで執筆していたエッセイをまとめた『ムツゴロウさんの最後のどうぶつ回顧録』(集英社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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思い出す「ヒグマと同居していた頃」
夜。新聞社から電話。
「もしもし、シロクマの件ですが。希少動物ですから、メスを一頭だけ飼っているところが、子供が欲しいと思って、オスを借り受け、つまり婿さんをとっていました。ところが、なんとなくおかしい。3年ほどたって、その婿さんがメスだったと分かったのです。そんなことってあるのですか?」
「あ、それ、夕方のテレビで知りましたよ。ニュースでやっていました」
「専門家でしょう。専門家がオスとメスを間違えるなんて、どうしたのでしょうね?」
「ははは、専門家だからのミスです。思い込みですね。子供の頃、ハイ、オスだと区別され、そのままになってしまう。すると、その後、誰も確かめないで、ずるずる飼われていたのでしょうね。ほら、推理小説のトリックに、部屋の中にでーんとある大きなものが、謎を解くキーになっているということが」と、私は笑いを含んで答えた。
子グマの頃、ちょっと眺めるだけで、オスとメスを分けたとしたら――。
そうだ。その可能性がある。
私はつけ加えた。
「クマの場合、小さい頃、メスのものが棒状に見えることがあるのですよ」
「え、どういうこと……」
「大陰唇がふくれて中央でつながり、しかもクマだと毛深いですから、目視だけでは間違える人がいるかもしれないですね」
翌日の新聞。
私の意見が切り貼りされて載っていた。
「あのムツゴロウさんでも、最初、おやっと見間違えてしまった」
そう書いてあった。
とんでもない。私は手を差し入れ、指で左右に開いて確かめている。
じゃあ、どうしてペニスみたいになっているのか。
動物にとって、糞や尿は大切な情報源である。ライオンなどは、ナワバリの周辺に注意深く糞を置く。南米にいるブッシュドッグを見に行ったが、逆立ちをして排尿していた。
やぶの木や草の高いところに尿がつくので、格好の目じるし、いや鼻じるしになるからだ。
クマの子の場合、尿をしたくなると、後端からパッと飛び散らないようにしているのではないだろうか。
鋭角的に、狭い範囲でことを済ませるのである。それしか考えられない。
そうか。
シロクマは大きい。しかも肉食獣だ。
繁殖期、オスがメスを追うあまり、子グマを殺すことだってある。サルではよくあることだ。母親の乳を吸っている子を殺すことによりホルモンの分泌リズムを変え、自分の子を宿すように仕向けるのだ。
私は目を閉じた。
思い出す。すでに30年以上前。ヒグマと同居していた頃のことを……。