やめましょう、と私は言った。目の前には、男がふたり。テレビ局のディレクターとカメラマン。2人は、ごく自然に私の生活に染み込んできていた。
年の始め、私は北海道上川の大雪山の麓にいた。そこで、古くからの友人である間宮さんがアイヌの民芸店を営み、客寄せのためにヒグマを飼育していた。ヒグマ飼育30年。
「クマのことならなんでも聞いてくれ」
間宮さんはそう胸を張る男だった。
縁あって、私は間宮さんが庭で飼育しているヒグマの子を一頭譲り受けていた。何があってもひとりで育てるつもりだった。
間宮さんは、まず子グマに首輪をつける。それを家の前につなぎ、人に慣れるように育てていく。観光客たちは、その子グマを見て、「わぁ、カワイイ!」と、写真を撮っていく。
テレビ局の2人とは、間宮さんの家で会った。私は最初、間宮さん一家のことを撮っているものとばかり思っていた。
ところが、クマの子と一緒に、浜中にあるわが家までついてきた。ドキュメンタリーを撮りたいというのだ。
体は血まみれ、穴だらけ
だが約十日後、ディレクター氏が言った。
「もう一度、上川へ行きましょう。このままだと大変なことになりますよ。クマが大きくなって、発情期がやってきたら、あなたは殺されますよ。上川へ戻り、間宮さんに調教の方法を教わりましょう」
よけいなことを言うな。おれの人生に口を挟むな。ドキュメンタリーを撮っているらしいけど、撮る対象に、こうしろとアドバイスするなんて許せない。
私はきっぱり断った。
「やめましょう。二度と顔を見たくない」
もし契約でもしていれば、私も粘り強く説得したかもしれないが、2週間ばかり密着取材をされているのに、将来、そのフィルムをどうしたいのかという話すらなかった。
かくて、私は、ヒグマの子と一対一になった。夜も昼も。
ヒグマは、中型犬ほど。それまで、兄弟や親と一緒だったのだ。どうしていいのか、なぜここにいるのか、まったく分かっていなかった。いら立つし、気に入らぬことのほうが多かった。邪魔者を蹴散らした。この野郎と、ところ構わず噛みついた。その邪魔者が、私、だった。
私の手や足には、鋭い犬歯の穴が開いていた。鼻にもガブリ。血が四散し、メガネが血でくもった。