顔全体を切り刻まれた一人の女性
たまたま僕は、医薬品をキャンプ内のクリニックに運んでいた。
通常、避難してきた人はまず登録のために受付に行く。だが、その2人は緊急の患者として病院に運ばれていた。
男の子は、栄養失調だった。おどろいたのは、初老の女性の方だ。
体はやせ細り、しわだらけの彼女の顔面には大きな傷がいくつもあった。交通事故にでもあってガラスの破片が刺さったのではと思ったが、そうではなかった。
切りきざまれていたのだ、顔全体を――。
村がジャンジャウィードの襲撃にあったとき、夫は目の前で殺害され、彼女はレイプされた。そのときに複数の男から受けた暴行の傷の一部だという。
信じられないほど、残酷だった。
顔のいくつもの大きな傷はなんとか手当てができても、心の傷は消えることはない。
同僚の看護師は、涙を流しながら彼女の手当てをしていた。
自分たちがいなければ彼らはどうなるのか……。
国内避難民のほぼ全員は、持てるものも持てず、着のみ着のまま逃れてきていた。
水や食料をはじめ、生活に必要なすべてを、国際的な人道援助の団体に頼らざるをえない状況だった。
ようやく逃れてきたキャンプ内にも暴力はあり、避難民からすれば、もうだれが悪いのかわからない。ただ、傷跡だけが残っていく。
家はない。学校もない。でも、命はある――。
これが、ダルフール紛争における暴力の被害者たちが生き抜いていかなければいけ ない現実だった。僕たちがそこにいないと、彼らの命がどうなるか、容易に想像できる環境だった。