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ジブリ作品にみられる、日本的な創作手法で設計
内向きと外向きという違いは、たしかに納得のいくところ。ただ同時に、ジブリパークとジブリ美術館には、共通する特長と楽しさがあるとも感じられる。歩を進めるたび、めくるめく作品世界が続々と立ち現れて、押し寄せてくるような感覚だ。
「それはジブリ作品にみられる、きわめて日本的な創作手法が関係しているのでしょう。
たとえば、欧米の建築や庭園が左右対称で整然としているのに対して、日本の場合は非対称で無軌道になりがちとはよく言われるところです。京都の桂離宮みたいなところだと、極端にいえば一番奥の室の床の間を起点とし、そこから必要な要素を継ぎ足していくことで、広大な建築と庭園がかたちづくられています。
全体構想を重視するよりも、細部からの継ぎ足しによってつくっていくのは、ジブリではお馴染みの手法です。宮﨑駿の映画のつくり方はまさにこれで、全体像を描かないまま進んでいきます。描きたい細部やシーンが先に決まり、そこから派生して作品全体を築いていくのです。
「こんなふうにしろ」「それは無理だ」と1週間ケンカが続いた
全体よりも細部が先にあるという観点から見れば、ジブリ美術館も同じです。あれは宮﨑駿の作品世界を具体化しようという仕事でしたが、計画段階で宮﨑駿は、設計士が書いてくる平面図をとことん否定していきました。本当に、めちゃくちゃなんですよ(笑)。
たとえば、図面からはみ出して上書きし、設計上の矛盾が生じることなどおかまいなしに『こんなふうにしろ』と言ってくる。それは無理だ、そもそもうちの敷地をはみ出していると指摘しても、『そこをなんとかするんだ』ときかず、1週間くらいケンカが続いたりしたものです」