――村田さんのご家族は家にいたのでしょうか。
宮野 寝たきりの母親が家にいました。だから廃品回収業者を装って、できるだけ怪しまれずに夜逃げを行うことになったんです。母親には、村田さんから「今から業者が来て作業するから、少しうるさくなる」と伝えてもらい、僕らもあいさつをしたのですが……。
母親は横にいる僕らなんかお構いなしに「そんな話は聞いてねぇぞ」「舐めてんのか」「死ね」といった暴言を村田さんに浴びせ始めました。
決行直前にキャンセルの連絡が入ることは多い
――酷いですね……。
宮野 部外者の僕でさえ、その暴言を聞き続けるのはしんどかった。村田さんはそんな環境に36年間もいた。彼は精神的にも肉体的にも暴力を受け続けたことで、自分で行動したり、考えたりする気力を奪われてしまったんです。夜逃げのキャンセルを繰り返したのも、自分の行動に自信が持てず、直前で不安になってしまったんだろうなと思います。
――村田さんのように、夜逃げをキャンセルする方は他にもいますか?
宮野 多いですね。息子の暴力から逃れるために夜逃げを考えていた方から、決行直前にキャンセルの連絡が入ったこともありました。「やっぱり息子を見捨てられない」って。
本人が「逃げたい」と言わない限り、会社が手出ししない理由
――依頼者が「キャンセルしたい」と言っても、状況に応じて決行することはあるのでしょうか?
宮野 それはないですね。本人が「逃げたい」と言わない限りは、僕たちも手を出しません。
――それは、トラブルを回避するためですか?
宮野 もちろんそれもあります。でもそれ以上に、夜逃げをした後は自分の力で生きていかないといけないから、ですね。
自分の意思で夜逃げを決めるだけでなく、自分の意思で生活を立て直す決断までしないと、夜逃げが成功しても辛いままなんです。夜逃げ後の生活がスムーズに行くよう、僕たちもできる限りのサポートはしますが、その人の一生を背負うことはできません。依頼者自身で新しい人生を切り拓く必要があるんです。