2023年はアルツハイマー病治療の歴史において画期的な年となった。エーザイが開発したアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」が日米で承認されたからだ。この薬は、アルツハイマー病の原因となる脳内に蓄積されたアミロイドβを除去し、症状の進行を遅らせる。アルツハイマー病を長年研究してきた東京大学の岩坪威(たけし)教授は、「これまでの症状の進行速度が時速100キロだったとしたら、平均で70キロそこそこに減速できるというイメージです」と語る。
「レカネマブ」に続いて、治験でほぼ同様の効果が示された米イーライリリー・アンド・カンパニー(以下、リリー)の「ドナネマブ」の承認申請が日米でなされた。
そんなさなか10月に来日したリリーの最高科学・医学責任者のダニエル・スコブロンスキー氏に「文藝春秋」がインタビューを行った。
「競合相手がいてむしろラッキー」
先行する「レカネマブ」について、「追う立場」だと意識することはありますか? という問いを投げかけると、「いいえ」との答え。
「エーザイのレカネマブもとても素晴らしいと思います。また(日本では承認されなかった)バイオジェンのアデュカヌマブも誇らしい成果です。これら3つの薬剤は、アミロイドβのPET画像を調べて正確に患者を選択するというバイオマーカーがなければ成し得なかったものだと思います。アルツハイマー病に対しては、製薬会社はお互いに競争しつつも高め合っていかないと太刀打ちできません。ですから私はむしろ競合相手がいてラッキーだと思っていますし、将来的にはもっと参入してほしいです」
スコブロンスキー氏は、ペンシルベニア大学のアルツハイマー病研究者、バージニア・リー教授の下で2000年に神経科学の博士号を取得。その後、2004年にアヴィッド・ラジオファーマシューティカルズという会社を興した。
学生時代からアルツハイマー病研究に関心を抱いていた
なぜ、大学を飛び出したのか?
「当初は大学教授になりたいと思っていました。でも、新薬や画像検査技術を作るには、学術機関だけで成し遂げるのは難しい。テクノロジーを使って新しいものを生み出したいと考え、2004年に起業したのです」