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《老化は治療できるか》アンチエイジングのエリート「スーパーセンチナリアン」の謎

《老化は治療できるか》アンチエイジングのエリート「スーパーセンチナリアン」の謎

2023/05/31

ノンフィクション作家・河合香織氏の連載「老化は治療できるか 脳の老化を阻止せよ」を一部転載します。(月刊「文藝春秋」2023年5月号より)

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 前号では、もしも臓器などの体のパーツが取り換えられるようになっても、それらをコントロールする脳の中枢部分の神経細胞が新しくならない限り、大幅に寿命を延ばすことはできないことがわかった。

 老化防止の最大の難関のひとつは脳である。脳の老化を食い止めるためにはどうすればいいのだろうか。

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河合香織氏 

 100歳を超えた人は「1世紀以上を生き抜いた」という意味でセンチナリアン、さらに110歳を超える人はスーパーセンチナリアンと呼ばれる。

 日本におけるセンチナリアンの人数は、統計を取り始めた1963年の時点では153人しかいなかった。だが、その数は飛躍的に伸びており、1981年に1000人、1998年には1万人を超え、現在は約9万人を超えている。

 一方でスーパーセンチナリアンは、2020年の国勢調査では141人。センチナリアンが人口約1600人に1人であるのに対し、スーパーセンチナリアンは約90万人に1人という非常に狭き門なのである。

 では、スーパーセンチナリアンたちには、どのような特徴があるのだろう。超百寿者の研究をしている慶應義塾大学医学部百寿総合研究センターのウェブサイトに、次のような記述がある。

〈何がスーパーかと言うと、単に寿命が長いということだけではなく、多くのスーパーセンチナリアンは100歳時点でも自立した生活を営まれており、健康寿命が100歳を超えています。/まさに健康長寿のエリートと言えます〉

 2021年まで同センター長として研究を行ってきた慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授は、スーパーセンチナリアンの脳についてこのように語る。

「スーパーセンチナリアンは、脳の状態と関連したエピジェネティックス、つまり遺伝子の働きをコントロールする働きが、100歳を超えても若い状態に保たれていることが分かっています」

 岡野教授らの研究では、80歳と110歳を比べた時、エピジェネティックスの状態がほぼ同じであるという。これは「統計学的にかけ離れた有意差」であり、「平均寿命を偏差値50と考え、正規分布に従う分布をすると仮定すると、110歳は、老化の世界での偏差値80を超えている」と岡野教授は続ける。

スーパーセンチナリアンの謎

 そこで知りたくなるのは、そのようなスーパーエリートに誰もがなれる方法があるのかどうかだろう。

「昔と比べてスーパーセンチナリアンの数が増えている理由は、現時点ではまだ何とも言えません。医療や食生活も関連しているでしょう。そこで遺伝子が関係しているかを調べてみたところ、超長寿の人たちにはアポリポタンパク質E4(APOE4)という遺伝子のタイプが極めて少ないことが分かりました。これはアルツハイマー型認知症を引き起こすリスクが最も高い遺伝子です。よって認知症のリスク因子が少ない人は、より長寿になりやすいということが言えるかもしれません」

 百寿総合研究センターの調査によると、スーパーセンチナリアンの認知機能は高く保たれているという。例えば「100~104歳・105~109歳」で亡くなった人と110歳以上で生きている人を比べても、認知機能が保たれていたのは110歳以上の人たちだった。

 また、彼らは血管機能も強く保たれており、Ⅱ型糖尿病のリスク因子も少ないという。

「糖尿病も血管の疾患です。老化のプロセスでは血管がまず老いていくので、血管と認知機能の双方が若い状態であれば健康長寿でいられます。一説には、皮膚の再生能力が高い人は、長寿の傾向があるとも言われています」

 我々が長寿に関わる遺伝子、あるいは長寿を阻害する遺伝子を持っているのかどうかは、普段の生活の中では分からず、たとえ分かったとしても変えようがない。

 やはりアンチエイジングのエリートになるのは難しいのだろうか。

細胞を「初期化」する技術

 だが、諦めるのはまだ早い。

 鍵は、前回詳しく紹介したエピジェネティックスだ。エピジェネティックスとは「どの遺伝子をいつ、どのように使うか」を管理する細胞内のコントロールシステムである。遺伝子の配列そのものではなく、スイッチのオンとオフを後天的な遺伝子の修飾によって決める。エピジェネティックスはDNAメチル化とヒストン修飾によって制御されているが、そのうちDNAメチル化の量を特定の遺伝子で測定すると、ほぼ実際の生物学年齢と一致。それは「エピジェネティック時計」と呼ばれている。この時計を0歳の赤ちゃんに戻す方法が存在すると岡野教授は言う。

慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授 

 iPS細胞を作るための山中四因子と呼ばれる4種類の遺伝子を導入すると、エピジェネティック時計はどんどん若返り、受精後数日の状態になった。

「iPS細胞は細胞の初期化だから、究極の若返りと言えるでしょう。それを臨床の現場でどのように応用できるかは、今後の課題です」と岡野教授は語る。

 すべての細胞に山中四因子を導入すると、全部が初期化されてしまい、生きることができない。この山中四因子を限定的に使い、細胞を若返らせることを「細胞リプログラミング」と呼び、研究が進められている。老いたマウスの視力を蘇らせることに成功した研究グループもある。

 岡野教授は2022年にはアルツハイマー病患者のiPS細胞を使い、病気を再現した「ミニチュア脳(脳オルガノイド)」を作成した。アルツハイマー病やパーキンソン病などの様々な脳の神経変性疾患は加齢と相関している。

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