「もっと大変なことになると思ってたんですけどね」

 1985年以来実に38年ぶり2回目となる日本一を果たした阪神タイガース。厳戒態勢が敷かれた甲斐もあり、虎党のあふれかえった道頓堀・戎橋の熱狂は、試合終了から10分ほどで収まり、気を張っていた現場の警察官も胸を撫でおろしていた。

 だが、真の狂乱は夜半を過ぎたころにやってきたのだった。

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深夜の大阪にとどろく地鳴りの正体は…

 日本シリーズ第7戦を終えて日付が変わり、6日午前0時すぎ。

 すでに戎橋の下の水辺にはほとんど人の姿はない。ダイビング用のシュノーケルをつけた中年女性が、道頓堀川に飛び込む素振りを見せる前から警察官に制止され、泥酔した様子で「なんであかんの!」と騒いでいたのが少し目立った程度だ。周囲の若者からも生温かい目で見守られていたその女性に、記者が話しかけようとした時のこと。

「オオオオオオオオ……」

 戎橋の北側、心斎橋駅方面から地鳴りのような音が聞こえてきた。よく聞くと、それは人間の騒ぎ声だった。

 深夜の大阪にとどろく喧騒は、次第に道頓堀へと近づいてくる。やがて心斎橋筋商店街のアーケードの中からやってきたのは、大量の縦縞軍団だった。地鳴りの正体は、阪神の応援歌を大合唱しながら大行進をする阪神ファンの一群だった。

熱狂の阪神ファン Ⓒ文藝春秋

 京セラドームのレフトスタンドで観戦していた応援団の多くが道頓堀にやってきたようだ。38年ぶりの日本一の瞬間を道頓堀で迎えたのは、観光客やライトなファンが多かった。彼らが家路についた後を見計らったかのように、満を持して真の「虎キチ」登場である。

パインアメぶちまけ祭りのはじまり

 戎橋に立ち並んでいた警察官にも緊張感がみなぎる。縦縞軍団は一度も歌声を止めることなく、厳戒態勢を突破。道頓堀商店街の真ん中で円陣を組み、拳を突き上げて選手の応援歌をエンドレスで歌い続けた。

警察の規制はかなり厳しい Ⓒ文藝春秋

「それゆけチャンスだ金本、燃えろ金本」

「唸れ今岡、誠の救世主」

「輝く男気迫の一打、打て西岡」

「打てよ城島、炎のアーチ」

 現役選手たちの応援歌はすでに一通り歌いつくしてしまったのだろう。2003年、2005年のリーグ優勝を支えた名選手らの応援歌を、誰ともなく歌い始め、一斉に声をそろえて空に響かせる。日本一から遠ざかること38年。その間、タイガースを支えた選手たちへの鎮魂歌か。

 京セラドームで飛ばしそびれていたジェット風船が闇夜に飛んでいく。時代はどんどんさかのぼり、掛布雅之、真弓明信、ついに岡田彰布の応援歌にさしかかると、円陣の中ではパインアメぶちまけ祭りが始まった。