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彼が選んだのは、敗北感からの沈黙ではなく強い抗議としての沈黙だった

――本作で特に印象に残ったのは、いつもは巧みに言葉を操るアルド・ブライバンティが、裁判中には一切自己弁護をせず沈黙を貫いていたことです。ロ・カーショさんは、彼の沈黙についてどのようにお考えですか?

ルイジ・ロ・カーショ 沈黙という要素に触れてくれて嬉しく思います。私も、この人物を読み解くうえで鍵となるのは彼の沈黙だと考えました。アルドの実の甥御さんたちに話を聞いたところ、親族の方々もみなアルドが裁判の間ずっと沈黙し続けることに驚き、自分の言葉で弁明すべきだと彼を説得していたそうです。しかしアルドは、「これは自分の裁判とは思えない、他人の裁判に立ち会っている気分だ」と答えるばかりだったといいます。

©Kavac Srl / Ibc Movie/ Tender Stories/ (2022)

 おそらくアルド自身、最初はこの異様な事態に呆然とし言葉を失っていたのでしょう。裁判は、彼がした行為どころか、彼の在り方そのものを否定しようとしていたのですから。とはいえその後もずっと弁明せず沈黙を貫いたのはなぜなのか。思うに、彼はこの告発が無意味で荒唐無稽だと示したかったのではないでしょうか。愚かな君たちの言葉に、私は一言たりとも応えない。彼が選んだのは、敗北感からの沈黙ではなく強い抗議としての沈黙だったのです。

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――甥御さん以外にも、実際の関係者の方々にいろいろお話を聞かれたのでしょうか?

ルイジ・ロ・カーショ アルドはあまり友人付き合いをしない人だったようで、甥御さん以外の方とはほとんど話すことができませんでした。悔やまれるのは、もっと早くに知っていたら、私は実際の彼に会えていたかもしれないということです。改めてアルドについて調べていくと、私たちは一時期同じ街に暮らしていて、彼が生前一緒に仕事をしていた俳優の何人かは私の知人でもあることがわかりました。もしかしたら私たちはどこかで接点を持てたかもしれない。そう思うと悔しいですね。

 ただ、裁判を傍聴した経験があるアメリオ監督からいろいろと話を聞いたり、アルドの生前の姿を映したドキュメンタリーによって、彼がどういう話し方をする人なのか、どんなふうに演出をしていたのかを知ることができました。私が聞いたところによれば、実際のアルド・ブライバンティは、当時まだ珍しかったエコロジストであり、本と新聞、蟻やその他の動物で溢れかえった家に住んでいたそうです。

©Kavac Srl / Ibc Movie/ Tender Stories/ (2022)

――裁判を傍聴していたということは、アメリオ監督にとってブライバンティ事件は、長年気にかけていたテーマだったのでしょうか?

ルイジ・ロ・カーショ アメリオ監督が裁判を傍聴していたのは、まだとても若い頃のことです。当時は自分が映画を撮るようになるとは考えてもいなかった、と言っていましたし、その後は遠い存在になっていたのかもしれません。とはいえ、若い頃に見聞きしたショッキングな事件だったのはたしかであり、心のどこかにずっと引っかかってはいたのでしょう。ベロッキオ監督から声をかけられた際には、すぐにこの話を語りたいという思いが湧き起こってきたと言っていました。