1968年、イタリアのローマである裁判が始まる。蟻の生態学者で、詩人、劇作家のアルド・ブライバンティが、教え子の青年エットレへの「教唆罪」で訴えられたのだ。事件の取材を始めた新聞記者のエンニオは、同性愛者のアルドに対するあまりに不当な裁判を目の当たりにする。

 巨匠ジャンニ・アメリオが監督し、ルイジ・ロ・カーショが主演した映画『蟻の王』が描くのは、当時、実際に起きた「ブライバンティ事件」。ファシスト政権下のイタリアでは同性愛者は存在しないとされそれを禁じる法律はなかったが、代わりにアルドは恋人のエットレを唆した罪に問われ、エットレは家族の手で矯正施設に送られてしまう。この裁判に対し、当時、ウンベルト・エーコ、ピエル・パオロ・パゾリーニら、多くの文化人が抗議活動を行った。

 マルコ・ベロッキオ監督『夜よ、こんにちは』(03)をはじめ、数々のイタリア映画や舞台に出演してきた名優であり、近年は作家、映画監督としても活躍するルイジ・ロ・カーショさんに、悲劇の主人公アルド・ブライバンティを演じた想いをうかがった。

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ルイジ・ロ・カーショ

裁判の過程を追うのではなく、愛の物語として彼の話を描きたい

――アルド・ブライバンティという人物を私はこの映画で初めて知ったのですが、ロ・カーショさんは、以前から「ブライバンティ事件」についてよくご存知だったのでしょうか?

ルイジ・ロ・カーショ 実は私も、映画に取りかかる前は彼についてよく知りませんでした。当時は世論を沸かせた事件でしたが時代のなかで忘れ去られてしまったのです。今回初めて彼が体験した不当な扱いを知り衝撃を受けると共に、同じ演劇人としてなぜ今まで彼を知らずにいられたのかと自分への怒りを感じました。

――この映画の製作は、もともとマルコ・ベロッキオ監督からジャンニ・アメリオ監督への提案によって始まったそうですね。

ルイジ・ロ・カーショ ええ、ベロッキオ監督は当初この事件をめぐるドキュメンタリーを作らないかと提案したそうです。実はベロッキオ監督は当時アルドの周りにいた多くの若い芸術家の一人で、証人として裁判に出廷していましたが、結局彼の証言は裁判官には届かなかった。きっと映画を作ることでその悔いを晴らしたかったのでしょう。そしてそれに相応しい人物として、アメリオ監督に製作をもちかけたわけです。

©Kavac Srl / Ibc Movie/ Tender Stories/ (2022)

 当時ローマに上京したばかりだったアメリオ監督にも裁判を傍聴した経験があり、映画化についてはすぐに引き受けようと決めたものの、自分がやるならフィクションとして作りたいと言ったそうです。彼は数年前に、イタリアにおける同性愛者の男性たちの生活を捉えたドキュメンタリー作品『Happy to Be Different』(14)を撮っていたこともあり、裁判の過程を追うのではなく、愛の物語として彼の話を描きたいと考えたのです。