醸造・発酵文化の専門家として、日本各地の珍しい発酵食を渉猟してきた小倉ヒラクさんが最新刊『アジア発酵紀行』を上梓した。発酵食の源流をたどって、チベット~雲南の「茶馬古道」からインド最果ての地まで挑んだその旅は、ノンフィクション作家・高野秀行さんも「発酵界のインディ・ジョーンズを見ているようだ!」と大絶賛。〈アジア発酵ワンダーランド〉の知られざる魅力とは?
◆◆◆
日本の発酵食文化とアジアの深い繋がり
――“発酵デザイナー”というユニークな肩書で、微生物の織りなす発酵食の面白さとその文化人類学的な意味を探求してきた小倉さんが、なぜ今回アジアの旅に挑んだのでしょうか?
小倉 日本の47都道府県をくまなく巡るなかで、離島や山の中の文化はすごくアジアの発酵文化に近いものがあると聞いて、それを現地に確かめに行きたいと長年思っていました。大陸から伝播したさまざまな食文化の影響を受けて、日本の発酵食が東アジアの系譜の中でどのように独自性を獲得していったのかを知りたかったんです。
例えば鹿児島県のある芋焼酎のメーカーさんには、今は使われてない古い蒸留器が転がっていて、一緒に見た鹿児島大学の専門家は、この形の蒸留器はアジアでも南の方、雲南省あたりから伝播してきたものだと教えてくれました。
あるいは高知県の山奥に、「碁石茶」という茶葉を固めてカビとかで発酵させるユニークなお茶があります。普通日本のお茶は茶葉を固めないで煎じて飲みますが、中国にはプーアル茶のように、茶葉をギュッと固めて発酵させるお茶がある。このように日本の食文化と大陸アジアは深い繋がりがあるんですね。
高地のサバイバル食としての発酵食“バター茶”
――そこでシルクロードならぬ「茶馬古道」をたどる旅に出たわけですね?
小倉 はい。雲南省西部を縦断する「茶馬古道」は古くからいろいろな民族の交易路になっていて、何十もの少数民族の集落が集まっています。未知のものを見つけるためには、主流の漢民族の食文化はスコープから外して、何に出会うかわからない場所に行ったほうが絶対にいい。峠を越えるたびに民族の分布図が変わっていくような場所でこそ、僕が探し求めているものに会えるのではないかと思ったんです。
そんな茶馬古道の入口は富士山より高い標高のチベット世界。そこでまず高地のサバイバル食としての発酵食“バター茶”に出会いました。チベットのような近代化されていない、生存そのものが大変過酷な環境では、お茶から栄養分を摂る発酵の知恵が息づいていました。
中国の普通のお茶は、日本と違って強くもみ込まないので細胞が傷つけられていないぶん、煎じて飲むと美味しいのですが、栄養の出方はゆっくりです。でも微生物によって発酵させると茶葉が分解されて栄養が出やすく、さらに発酵作用でビタミン類やアミノ酸もたっぷりになる。チベットでは、そんな茶葉にバターを混ぜて、さらに塩を入れます。だからもう味噌汁に近いんです(笑)。
嗜好品としてではなく、生きるための必需品として飲むのがチベットのお茶の面白さですね。