『日本発酵紀行 (d47 MUSEUM)』(小倉ヒラク 著)

 ため息が出るほど素晴らしい本である。

 著者の小倉ヒラクさんは「発酵デザイナー」を名乗る。もともと世界中をバックパックで旅してきたデザイナーだが、仕事で味噌や日本酒の生産元と関わるうちに微生物が醸す発酵の世界に魅せられるようになった。東京農業大学の研究生となり、現在は自宅のラボで微生物研究を行いながら全国各地の発酵文化を探訪・紹介する、自称「発酵の伝道師」である。

 前作(これも名著)『発酵文化人類学』もそうだったが、本書も内容はとてつもなく深いのに、コンセプトはあっけらかんとしてとっつきやすい。全国四十七都道府県ごとにひとつの発酵食品を紹介しているのだ。その際、「発酵食品の種類がかぶらない」というルールが課せられている。例えば清酒や醤油は各地で作られているが、それぞれ兵庫県と香川県のみでとりあげられているといった具合だ。

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 結果は壮観。酒、味噌、醤油、納豆といった超メジャーなものから、鯨の上顎の軟骨を酒粕に漬け込んだ「松浦漬け」(佐賀県)や米のかわりにおからを用いた不思議な寿司状の食べ物「いずみや」(愛媛県)、雪の上に唐辛子をばらまいて作る「かんずり」(新潟県)など、現代アートを凌駕するような奇抜な珍味まで続々と登場する。読んでいるだけでお腹が減ってくるし、一杯やりたくなる。つまり貴重なローカル伝統食ガイドとなっている。

 しかし、私にため息をつかせるのは、小倉さんの文章の力、写真の美しさ、世界観の深度である。

 端的な例が愛知県の八丁味噌。室町時代(!)から続く二つの老舗の醸造蔵が旧東海道を挟んで隣り合っているという記述だけで度肝を抜かれる。醸造蔵は菌が住み着いているため容易に建替ができない。ゆえに建て増しを繰り返しながら世代から世代へと受け継がれていくのだ。

 蔵の中に入ると、無数の巨大な木桶が並び、その上には重しの石がピラミッドのように積み上げられており、「ものの30分で完全に日常のスケール感を見失ってしまう。ひとりの人間の身の丈をはるかに超えた時間が、静寂のなか、ゆったり漂っている」と彼は書く。

 読者も異世界に連れて行かれた気分だ。

 それだけではない。八丁味噌はその製法が日本の他の味噌とちがい、大豆に直接カビをつける。これは古代に大陸から伝わった製法を色濃く残しており、「大陸的な味覚を残すノアの方舟的な存在となった」。

 八丁味噌がノアの方舟! 名古屋文化圏の人々もびっくりであろう。

 このように本書の旅は各地の「方舟」と出会う旅でもある。それは過去と現在をしっかり繋ぎ止め、未来へ続く道を明るく照らす。

 日本文化、文学、歴史、アート、経済学、地方再生などに興味をもつ人にも強くお勧めしたい快作だ。

おぐらひらく/1983年、東京都生まれ。発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者と発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開。著書に『発酵文化人類学』がある。

たかのひでゆき/1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。近著に『謎のアジア納豆』『辺境メシ』などがある。

日本発酵紀行 (d47 MUSEUM)

小倉ヒラク

D&DEPARTMENT PROJECT

2019年5月24日 発売