再びベースに戻ると布団の上にカップ麺2つとコッペパンが1つ置いてあった。黒綿棒に聞くと、通りがかりの女性が「3人に」とくれたらしい。島野君(黒綿棒と一緒に暮らす若いホームレス)はカレーヌードルをもらっていたが、辛いのが嫌いだったんじゃないのか。
カップ麺のお湯問題
「カップ麺のお湯ってどうしてます?」
聞くまでもなく私はコンビニにしれっとお湯だけ注ぎに行くつもりではあるが、一応、黒綿棒に尋ねてみた。
「コンビニはもはや僕らの顔を覚えているからとても行きづらい。水でも食べられないことはないけども非常に不味い。ビルのトイレに行けば36度くらいのお湯は出るけども3分後にはほぼ水になっている。ホームレスの間で人気なのはトイレとかに併設されている授乳室かな」
授乳室では粉ミルクを溶かすためのお湯が出る。温度は60度ほどで、ギリギリ美味いカップ麺が作れるという。「冬は足を洗っているホームレスもいる」というが、衛生的には大問題である。
以前、黒綿棒がバスタ新宿の授乳室で身体を拭いていたときのこと。バスタ新宿の敷地内で、「女性が縛られている」という通報(この通報も謎だが詳細はわからず)があり、警官が駆け付けた。鍵のかかった授乳室を不審に思った警官にドアをノックされ、黒綿棒は思わず「すみません、今ちょっと」と声を出してしまった。
「今すぐ開けろ」と警官が外で騒いでいる。これは開けるまで終わらないだろうと悟った黒綿棒は観念してドアを開けた。中から出てきたのは擦り切れたズボン姿のホームレス感丸出しの男一人である。「ここ授乳室ですよ?」と、警官からキツ目の注意を受けた。
黒綿棒いわく、通行人からの差し入れを島野君が受け取るのは珍しいことだという。後日、どこからかもらってきた弁当を食べている黒綿棒を見て、「その弁当は新型コロナウイルスワクチンのボランティアがもらうやつだ!」と、通りがかりのおじさんがいきなり大声で指をさしたことがあった。
となりにいた私も戸惑ったが、さらに困るのは黒綿棒だ。「あ、はい……」と下を向きながら口の中の白飯を一秒でも早く呑み込もうとしていた。その弁当はおじさんの言う通り、ワクチン接種会場のボランティアが分けてくれたものであったが、その際も島野君は「いらないです」と断った。
「島野君は非常に気高いところがあるからね。“俺は乞食なんかじゃねえぞ”って感じなのかな。それと、彼が自覚してやっているかはわからないけども、通行人からの食べ物を断っていると、だんだん差し入れのグレードが上がっていくという現象が起きる」
黒綿棒によると、差し入れを断られた一般人が、次からもっといい差し入れを持って出直してくることがあるらしい。
「ある日、島野君に千円札をあげている通行人がいたんだ。でも、となりにいる僕にはくれないんだよ。気が付かないフリをしたけど、内心“嘘だろ”と思っていたからね」