「すれ違い通信とかあるやつですよね?」
「あるけど、それはやってないです」
島野君の声を聞くのは「辛いからカレーはいらない」以来の2回目である。持ち運びの充電器を持っており、毎回乾電池を買っているらしい。そしてこの島野君、「履き心地が気に入らなくて」と、サンダルをものすごいペースで買い替える。島野君がホームレスになったのは4カ月前だというが、その間に6回サンダルを買い替えている(黒綿棒談)。
web記事でわかった「島野君の素性」
8月の頭、どこかの新聞社がコロナ禍で苦しむホームレスとして島野君を取材し、記事にしていた。彼の後ろ姿が写真で載っていたのでweb記事を見てすぐに分かったのだ。
記事によれば、島野君は約4カ月前に工場の仕事をコロナ禍でクビになり、都庁下では炊き出しが豊富という情報を見てここへやってきたという。島野君は取材に対し、「500円で毛布を買い、もうお金がない。今日の食事は確保できたので安心だが明日はどうなるか分からない」といった旨の発言をしていた。
サンダルや乾電池の金はどうしたのか。だったらなぜ炊き出しを断るのか。その記事では島野君の訴えを五輪批判や政権批判に繋げており、私はモヤモヤ感をぬぐいきれなかった。島野君の言動も腑に落ちないが、新聞も悲劇的な部分を切り取ってオピニオンの材料にしているだけではないか。
2021年7月31日にBBCが配信した「[東京五輪] なるべく見えないよう……都心で排除されるホームレスの人々」という動画はSNSで広く拡散されたが、現場からすると失笑してしまうような内容だった。東京五輪によって不公平で非人道的なホームレス排除が行われているという。たしかに、東京五輪の開催が決まってから、国立競技場周辺のホームレスは立ち退きを命じられたが、何も「消えろ」と言っているわけではない。
僕らが何事もなく都庁下に住み続けているように、ほかにも住む場所はあるのだ。それを、排除された一部のホームレス、「五輪をやっている場合か」と声を荒げる一部のホームレスにスポットを当てて、悲劇的に報じている。実際の空気感とはあまりにも温度差があり過ぎるのだ。さらに海外メディアという点もどうも納得できない。日本に乗り込んできては結論ありきの取材をして、悲劇的に誇張した内容を世界に発信する。甚だ迷惑である。
ポツポツと雨が降り出し、そのうち高架下にも雨が入り込んでくるほどの暴風雨になってきた。今夜は台風八号の到来である。端にいる島野君が雨に濡れながらもその場を動こうとしないので、濡れない別の場所へ移動させてあげた。
「台風のときはどうしてるんですか?」