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「親日」や「反中」の二元論では捉えられない なぜ多様性が台湾の“コアな価値観”になりつつあるのか?

「親日」や「反中」の二元論では捉えられない なぜ多様性が台湾の“コアな価値観”になりつつあるのか?

2023/11/22

 家永真幸さんは『中国パンダ外交史』(講談社選書メチエ)、『国宝の政治史 「中国」の故宮とパンダ』(東京大学出版会)などの著作がある気鋭の中国近現代政治史・外交史、そして現代台湾政治の研究者だ。「パンダ」や「国宝」に着目して中国外交史を紡ぐというユニークな視点で書かれた著作が注目されてきたが、このたび、台湾をめぐる国際関係史でもあり、戦後の台湾史をたどる一冊である『台湾のアイデンティティ「中国」との相克の戦後史』(文春新書)を上梓した。

家永真幸『台湾のアイデンティティ 「中国」との相克の戦後史』(文春新書)

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いま、台湾をめぐる国際関係史を書く

――今回の本を書かれるまでの経緯をお話しいただけますか?

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家永 私がそもそもパンダや国宝に着目した研究を大学院で始めたきっかけ自体が、中国外交を勉強しようとする中で、台湾をめぐる問題が中国外交にとって極めて重要だと気づいたからなんです。その際に、中国政府の対台湾政策を正面からやるのではなくて、内戦で台湾に逃れた中華民国のことに関心を持って、中華民国史の文脈から戦後の台湾を見てみようと思い、パンダ外交や故宮博物院をめぐる問題を題材にして『国宝の政治史』という本を書きました。

家永真幸さん

 そんなわけで台湾をめぐる国際関係史には当初から関心があったんですね。ただ今回の『台湾のアイデンティティ』というタイトルは書き終えてから編集部からの提案を受けたもので、これだけの大きなテーマを論じきれると思って書き始めたわけではありません。むしろ、本の中に書いてあることは“台湾のアイデンティティ”をめぐる問題のほんの一部分に過ぎないんですけれども、私なりに重要だと思うこと、あるいは注目すべきだと思ったことは書き込んで筋は通しているので、もちろんその意味では看板に偽りがあるわけではありません(笑)。

家永真幸『中国パンダ外交史』(講談社メチエ)

台湾も中国も好きな学生たち、今の台湾がわからない父親世代

――台湾と言えば日本人には何より観光地として人気で、国外の修学旅行先としてはオーストラリアを抜いて1位になり、近年では蔡英文総統やオードリー・タンの活躍などにも注目が集まりました。家永さんにとって本書の執筆の動機の一つは、台湾の魅力に他ならない、その歴史的な「複雑さ」を描くことにあったそうですね。また、世代が異なればまったく異なる台湾へのイメージがあることへの、ご自身の驚きもあったとか。

家永 私は大学で国際関係論の授業を担当しているんですが、そのなかで、「台湾を中心にアジアを見ると、アジアの戦後史がよくわかる」というコンセプトで台湾の話をたくさんしているんです。今回の本では、そこでよく話す“台湾について考える難しさ”を象徴する話題を軸に書いてみました。

 元々の想定読者は台湾のことを勉強する学生たちだったのですが、本書の序文に書いたような「台湾への親近感が反中感情の裏返しになっていませんか」という問題提起を学生たちにしてみたら、学生たちは全然そうではなかった。台湾は台湾で好きだし、中国は中国でドラマやメイク術を通じて好きであって、「中国が変な国だから台湾と結託しなければいけない」みたいな気持ちはあんまりないんですね。彼女たちには、私の問いかけ自体が「ねじれた」ものに聞こえたようです。そのことに驚きました。

多くの人で賑わう台北市の夜市(2016年9月)(写真:著者提供)

 他方で、私はちょうどその狭間にあたる世代ですが、1960年代に中国共産党への親近感を持っていた私の父親世代の一部の人たちは、台湾というのは、あの国民党の蔣介石が逃げ込んだ島だから「反動」だと捉えていた節があって、しかし今の台湾をどう捉えたらいいかわからない戸惑いの中にあるように見えました。中国大陸で行われていることが正しいと見ていた結果、台湾が間違っていると見てきたのだけど、今の中国はどうも当時思っていたのと違うぞ、と。そうした親世代に向けて、いまの東アジア情勢を、そして台湾を理解する上ではこういうストーリーがありますよ、と提示したかったという思いもあります。 

二元論の向こう側を示したい

家永 そういうわけで、第一には学生をはじめ台湾について学びたい若い人たちをターゲットにする一方で、かつては親共産党で台湾を否定的に捉えてきた人たちも想定読者にしました。

 その際に重視したのが台湾は親日だから好きとか、台湾は反中だから日本の仲間だというような二元論の向こう側を提示することです。敵か味方かという観点から台湾を愛するのでは台湾の大切さや面白さを捨象してしまうのではないか、台湾のもっと複雑で豊かな内実に目を向けてほしい、そう思ってなるべく「親日」とか「反中」といった枠組みでは捉えきれない事例をたくさん入れることを自分に課して書きました。

中正紀念堂(台北) (写真:著者提供)