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なぜ「震電」は物語に登場したのか

 震電は日本が最後の力を振り絞り、「米軍のB-29爆撃機を撃墜する」ことだけを目的として開発した戦闘機だ。現実世界では試作第1号機が合計45分ほど飛行しただけで敗戦を迎え、計画通りの性能を出せたかどうかは分からないが、カタログ上のスペックはすごい。零戦五二型の武装が20ミリ機銃2門、7.7ミリ機関銃2丁だったのに対して、震電の武装は30ミリ機銃が4門と段違いに強力だ。しかも4門を機首に集中配置しているため、高い命中率が期待できる。零戦五二型の最高速度が時速約560キロとB-29よりも低速だったのに対し、震電は時速約750キロ。日本の他の戦闘機はB-29が飛ぶ高度1万メートルまで上昇するとエンジン出力が低下して機動力をほとんど失ってしまったが、震電には高空の薄い空気を圧縮してエンジンに送り込む高性能のスーパーチャージャーが装備され、B-29を十分捕捉できるはずだった。

 だが、震電の卓越した高速・高空性能は「低空を比較的低速で飛んでゴジラを牽制し、ゴジラ殲滅を目指す『海神(わだつみ)作戦』が実行される相模湾沖へと誘導する」という任務には無用の長物だ。この任務を果たすのであれば、震電よりもずっと低速・低空での機動性に優れた海軍の零戦か、陸軍の一式戦闘機隼の方が使用機体としては適切ではないか――。私の脳裏には、そんな疑問が瞬時に浮かんでいた。

制作中の造形村製1/48震電と、戦闘中の震電を描いた箱絵

 だが、物語が進むにつれて、ゴジラと戦う戦闘機としてあえて「震電」を選択した山崎監督の深謀遠慮に逆に唸らざるを得なくなっていった。

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 敷島の狙いは、ゴジラを誘導するだけではなく、海神作戦が失敗した場合に爆弾を満載した戦闘機でゴジラの口の中に突っ込み、ゴジラを確実に葬り去るという「特攻」にあった。敷島の依頼で震電の整備・改修を引き受けた元整備兵・橘(青木崇高)は出撃直前、こう説明する。「機銃2門140キロ、機銃弾120発80キロ、そして主燃料タンク分400キロを撤去し、その代わりに機首に二十五番(250キロ)、胴体に五十番(500キロ)爆弾を搭載した」

 戦争中、零戦が特攻の際に機体に懸架した爆弾は250~500キロだったが、元々重い爆弾を搭載することを想定していない零戦が500キロもの爆弾を抱えると、性能の低下が著しく、生来の素早い動きは不可能となってしまった。

 一方、劇中の震電は250キロ爆弾2個、500キロ爆弾1個と、零戦の倍の合計1トンもの爆弾を搭載しているが、4門の機関銃のうち2門と胴体の主燃料タンクを降ろし、高高度飛行の時にだけ必要な操縦席背後の酸素ボンベ4本も外すことで、1トンの爆弾を積んでも震電の重量増はおそらく200キロ前後で収まっただろう。しかも震電は、機関砲、主燃料タンク、エンジンなどの重量物を機体の中央近くに集中配置している。重量物を機体の重心近くに搭載するほど運動性能に与える影響は少なくて済むため、同じ位置に爆弾を搭載しても機動性の低下は限定的だったはずだ。つまり震電は、「重い爆弾を搭載したままゴジラを誘導し、最後にはゴジラに特攻する」というハードな任務を遂行するためには最善の選択ということになる。また、敷島の「特攻」という意図を他の人々に悟らせないため、爆弾は機内に搭載する必要があるが、その点でも機体の外板それ自体で強度を保つセミ・モノコック構造を取らず、内部に強靱なフレームを有する震電は好都合だ。

山崎貴監督 ©時事通信社

 それだけではない。「生きて、抗え。」という作品テーマの根幹に関わり、物語中で最大のカタルシスをもたらすのが、実機には装備されていなかった「脱出装置=射出座席」だが、実は震電という機体には「射出座席が備え付けられていても不思議ではない合理的な理由」があるのだ。