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 永さんは当時、30代の後半だったはずだが、僕は50代のおじさんのように思っていた。それくらい自分にとって永さんは偉くて怖い存在だった。そのときも、それ以後も、ずっと永さんの前では緊張してうまくしゃべれなかった。

 篠崎敏男さんというチーフディレクターが、また輪をかけて怖かった。この2人の御大が担当ディレクターを通して毎回、鋭く的確な指摘をする。「番組全体の趣旨がわかって中継しているのか!」。お目付け役がいない中継自体は楽しくて仕方ないのだけれど、東京・赤坂にある局に戻る足取りはいつも重かった。

海に飛び込んだ瞬間、スタジオの永さんが「うわーっ」と声を上げた

 永さんにひと言褒められようと、演出も次第に大仕掛けになっていった。

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「特集・伊豆半島」では、西伊豆の海に浮かぶ漁船から中継した。海上の景色、潮の香り、漁師の作業などを船上からリポートし、最後に「喫水線の下はどうなっているか調べてみましょう」と言うなり、突然ドボーンと海に飛び込んだ。しばらくしてから浮上して、「この、船の、底は……」と船上から差し出されたマイクロフォンに向かって報告した。

 もちろん、最初から計算ずくで水着姿のままリポートをしていたのだ。後で放送した録音テープを聴くと、僕が海に飛び込んだ瞬間、スタジオの永さんが「うわーっ」と声を上げている。「やった、やった」と岩澤と子どもみたいに喜んだ。

「神田川」の中継。紐に付けた缶を神田川にポーンと投げ入れて、水をすくう音を入れる。「うわっ、濁ってる。汚ねー! ちょっとうがいしてみます」。

 ガララララとうがいして、「あ、飲んじゃった!」。

 実はきれいな水がそばに置いてあり、それを使っているのだが、スタジオではわからない。

「飲んじゃったの? バカだねー!」と永さん。

 永さんだって“やらせ”は先刻ご承知だろうが、そんなふうに永さんを喜ばせることができれば、それで満足だった。

久米宏さん(写真提供=オフィス・トゥー・ワン)

映画のベッドシーンを生中継

 一度だけ、永さんが「もうダメ!」と叫んで中継を途中でブチッと切ったことがあった。タイトルは「日活ロマンポルノ撮影現場生中継」。映画のベッドシーンの生中継だ。

 ベッドシーンは基本的にアフレコ、つまり音声は後から映像に合わせて録音する。実際の現場では録音していないので、「頭をもっと後ろへ、上半身をそらせて! そうそう」「バカヤロー! もっと気持ちよさそうにやれ」といった監督の指示や怒号が飛び交う。

 俳優たちも「あ、痛い、痛いわよ、ねぇこのひざ痛いったら」「ごめん、ごめん、これでいい?」などと打ち合わせをしながら撮影する。その現場をそのまま中継したかったのだ。