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電信柱になって中継、ミュンヘンの街角を音で再現

 スタジオと違って屋外での中継は、まったく緊張しなかった。スタジオで秒針が動いているのを見た途端、舌がもつれたのがウソのようだ。大空の下で心身が解放され、「クールな話し方」は封印。興奮して感情のおもむくまましゃべった。

 たとえば「電信柱」を中継する。住宅街でコンクリートの電信柱を叩いたり撫でたり。途中から僕が電信柱になって、

「長い間ここに立っててねぇ。いろいろな人が自分の前を通っていった」などと語り、栃木の工場で自分が電信柱になった記憶をたどっていく――というような内容だった。

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 音声情報に限られるラジオ中継では「どういう音がするか」がカギとなる。商店街を歩いて、おばさんたちと言葉を交わし、車が通る横断歩道を渡り、角を曲がって静かな住宅街に入る。コツコツ足音をさせて上り坂を進むと、角に古い電信柱を見つける――。

 だからラジオ中継は場所選びが命だ。このときは岩澤が事前にロケハンして、「いい電信柱、見つけておきましたよ」と自慢げに伝えてくれていた。

「雨」がお題のときは、雨の中で傘を畳んで自分が濡れていく様子をリポートした。「歩道橋」「山手線」「蟻塚」。どんどんエスカレートして、「ミュンヘンの街角から」という“海外中継”にも挑んだ。ミュンヘンオリンピックのころだ。

 街の中を僕が足音を立てて歩く。「ミュンヘンの街角」の効果音が入ったレコードがあって、その音をラジカセで流す。雑踏やクラクション、路面電車が走る音。ガイドブックの写真で見たミュンヘンの街角を僕が実況する。「あっ、アベックがいる」。そう言うと、事前にドイツ人の男女を雇って録音した会話を現場で再生する。その前を僕が通りすぎる――。

 リスナーがミュンヘンの街角からの中継だと気持ちよく騙されてくれれば、それで成功。もちろん最後に「横浜・山下公園からの中継でした」と種明かしをする。

写真はイメージ ©iStock.com

永さんにどうしたら褒めてもらえるか

 毎週、2人でとてつもなくくだらないことを考えては実行に移した。ナンセンスで実験的なコントからなるバラエティー『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』が一世を風靡した時代だ。「くだらないこと」が市民権を得ていた。

 リスナーにははなはだ失礼ながら、僕たちはスタジオの永さんにどうしたら褒めてもらえるか、永さんをいかに喜ばせるか、もっと言えばいかに騙して驚かせるか、ということしか考えていなかった。よく言えば、ラジオを最もよく知る最良のリスナーである永さんをターゲットにすれば、中継のレベルは着実に上がると信じていた。