戦後に起きた嬰児誘拐事件。なぜ生まれたばかりの男児は突然連れ去られたのか。ノンフィクションライター・小野一光氏が詳しく解説する。
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出産したばかりの子供を連れ去られる
昭和30年代の秋のこと。×月10日の午後7時44分に、関東地方にあるS病院から警察に、「生まれて間もない赤ん坊が連れ去られた」との通報が入った。
通報内容は、午後7時30分頃に2階の看護婦室の保育器で生育中の、2日前に加藤千鶴さん(仮名、以下同)が出産した男児を、黄色いセーターを着た女が看護婦(当時)の隙を見て連れ去ったというもの。
その様子を目撃していた入院患者が病院関係者に伝え、看護婦らが周囲を探したが、女を見つけることはできなかった。
通報を受けた警察本部指令室では、直ちに緊急配備を発令して、初動捜査にあたらせたが、被害男児や犯人の発見には至らない。
所轄署では、事件の目撃者からその際の状況、犯人の人相などを聴取。被害者に対する怨恨関係を重視して、千鶴さんの夫である加藤信也さんから話を聞いたところ、結婚前に彼が同僚の女性と交際していることがわかった。しかし、当該女性のアリバイ等を捜査したところ、本件とは関係ないことがわかる。
そこで、本件の事案を重視した捜査第一課は、即日所轄のK署に捜査本部を設置した。
詳細な状況を調査し、被疑者の身元が判明
S病院では面会人の出入りは自由となっており、とりたてて有効な情報を得ることができない。そんなとき、同病院からそんなに離れていないYホテルから電話での通報がある。それは、「うちの従業員が、8日から40×号室に宿泊していた70歳くらいの老女と、32~33歳くらいの婦人が、10日の晩に赤ん坊を抱えて戻ってきてから、追われるように出発したと話している」というものだった。
捜査本部ではこの情報を重視し、すぐに捜査員をYホテルへと向かわせる。
40×号室に泊っていたのは、関西地方にあるO市の住所を宿帳に記載した33歳の福田佳代子と、70代くらいのその母。もともと8日から12日まで予約していたが、10日午後7時40分頃に佳代子が赤ん坊を毛布に包んで戻り、その後、急いで荷物をまとめて出発したことが判明した。