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 犯人逮捕も大事だが、生後3~4日の嬰児の生命の確保がさらに重要だと考えた捜査本部は、被害者嬰児の一時保護預かり先を付近の産院等に交渉したが、いずれも断られてしまう。だが粘り強い交渉を続けたところ、ようやく国立病院が承諾したことから、逮捕準備が整えられた。

捜査が進み、明らかになった佳代子の人生

 旅館で女中の案内を受け、佳代子らのいる部屋を訪ねた捜査員が、来意を告げたところ、彼女は赤ん坊について、自分がS病院から連れ出したことを認めた。そこでまず嬰児を保護し、国立病院へと送り届ける。

 佳代子とトメについては、A警察署に任意同行を求め、取り調べを行ったところ、12日午前8時頃に犯行の一部を自供したことから、未成年者略取容疑で緊急逮捕を行った。

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 やがて捜査が進み、佳代子の人生が明らかになる。

 関西地方で生まれた佳代子は、事務員の仕事などをしていたが、終戦後に小学校の代用教員となった。しかし、月収が少ないことから半年ほどで退職。キャバレーの女給をしているときに知り合った男性の愛人となり、家を買ってもらうと、毎月決まった額の金銭を受け取っていた。

 だが、キャバレーの客として知り合った米軍人と恋に落ち、結婚を約束して同棲を始める。彼が朝鮮戦争に出征したことから、送金を受けていたが、相手の米軍人が米国人の女性と結婚したため、米軍に対して慰謝料を請求する騒動になっている。

休暇で単身赴任先から帰宅していた夫が急死

 佳代子は、その際に米軍当局側の調査担当となった米軍人と懇意となり、彼女に夢中になった彼が、本国の妻と離婚したため、結婚式を挙げ、正式に入籍した。

 当初は夫の赴任地の関係で、関西地方に住んでいた佳代子だったが、3年ほどして関東地方に転居し、その2年後には新築の家を建てた。だが、夫の朝鮮半島への転勤が決まると、彼女は日本に留まり、送金を受けながらの生活を送ることになった。

 遠く離れた生活は、夫婦の間に溝を生み、佳代子は次第に夫との離婚を考えるようになる。そんなさなか、休暇で日本に帰宅していた夫が、自宅で急病死してしまうのだ。