将棋界初の八冠全制覇を21歳にして成し遂げた藤井聡太。よく1996年に七冠全制覇を達成した羽生善治と比較される。どちらも偉業だが、比較にならないというのが正直なところだ。
まずタイトルの数が単純に1つ多い。2017年に叡王戦がタイトル戦に昇格して、将棋界は8大タイトル戦になっている。そして藤井はタイトル戦を18期戦って無敗だ。これは信じ難い記録で、羽生ですら初タイトルの竜王を翌年に奪われている。羽生の強さももちろん驚異的だったが、それでも「絶対にかなわない」と思っていた棋士は多くはないはずだ。だが藤井のタイトル戦無敗という事実は重く、藤井に対して本気で勝機があると思っている棋士がどれだけいるのか。絶望的になるあまり、そもそも視野に入れてすらいない者もいるのではないか。
なぜこれだけ藤井は圧倒的に勝っているのか。将棋に運の要素は介在せず、実力のみである。棋力がずば抜けて高いことになるが、それはどの部分なのか。ここでは技術面とメンタル面の2つに絞って、藤井のすごさに迫ってみたい。
他の棋士を圧倒してきた「残り1分未満」の領域
将棋には序盤、中盤、終盤という段階がある。序盤は自分の玉を囲いながら、攻撃態勢を整える時期だ。中盤は駒がぶつかり、敵陣に駒を向けるのが主なタスクになる。そして終盤は自分の玉を守りながら、相手の玉に迫る。将棋は相手の玉を先に詰ませば勝ちなので、いちばん大事なのは終盤戦だが、藤井はここの技術が史上最高と言えるほど卓抜している。
具体的には、読みのスピードと正確性がずば抜けているのだ。公式戦の大事な要素として、「持ち時間」がある。棋戦によっても違うが、持ち時間がなくなった終盤戦では1手を1分未満で指さなくてはいけない。だから早く正確に深く読めないと正解にたどり着けないのだが、ここで藤井は他の棋士を圧倒してきた。
八冠を達成した第71期王座戦第4局がその典型だ。終盤で藤井の玉に詰みが発生していたが、相手の永瀬拓矢がそれを逃し、歴史的な逆転負けを喫した。こう書くと永瀬の実力不足と捉えがちだが、決してそうではない。