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 そのどちらでもない。藤井が将棋界初となるデビューからの29連勝を達成した17年6月の竜王戦決勝トーナメントから藤井を観戦し続けてきた私には、先の答えが本心であることがわかる。

 藤井は、結果自体を目標にしないのだ。もちろん勝つことを目指しているのは言うまでもない。だがそこをゴール地点に置くと、達成したらその先はなくなってしまう。八冠達成を終着地点にしたら、これからどうすればいいのか。モチベーションを喪失しかねない。

 藤井が常に目標に据えているのは、実力を向上させること。それには終わりがないからだ。さすがにあり得ないと思うが、このまま実力を向上させ続けて、公式戦で全く負けなくなったとしよう。それでも藤井は今と変わらず楽しそうに盤上を凝視していると思う。強くなるほど視界が広がり、情報量も増え、より将棋を理解できるのでさらに楽しめるからだ。

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「人生でいちばん楽しいと感じる瞬間」を尋ねられ…

 藤井からは名誉欲、金銭欲、物欲といったものは全く感じられない。22年の夏に、藤井に人生でいちばん楽しいと感じる瞬間を尋ねたことがある。

「棋士としては勝利を目指す必要がありますけど、将棋というゲーム自体は楽しむためのものです。だから将棋を指していてすごく面白い局面に出合えた時が、人生でいちばん楽しい瞬間ですね」

 よく私は藤井について「透明感のあるたたずまい」と表現する。濁ったところはまるでなく、純粋に盤上の真理を追究している。対局中、藤井は透き通った視線で盤上を眺めている。それを盤側から観戦していると、心が洗われるような、不思議な爽快感に包まれることがある。

 そんな棋士は、藤井聡太だけなのだ。

◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『文藝春秋オピニオン 2024年の論点100』に掲載されています。