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 その直前の局面で、藤井は突然ギアチェンジをしたのだ。形勢は悪いながら長引かせる順はあったが、それでは勝ち目がないと踏んで永瀬玉に駒を向けた。重要なのは、その手を指す時に藤井は自分の玉に詰みがあって負けだと気づいていたこと。だが永瀬は「妙だと思ったんですよ。まだ長い将棋だと思っていたのに、突然双方の玉が詰む詰まないという状況にされた。それに瞬時に反応できませんでした」と語るように、詰む詰まないまでに意識がいっていなかった。慌てて切り替えて読んだが、1分では足りない。それで痛恨のミスを犯してしまったのだ。

 藤井に4つのタイトルを奪われた渡辺明九段も「終盤力が違いすぎる」と素直に脱帽している。

 なぜ藤井はこれほど終盤が強いのか。

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 将棋の勉強法として「詰将棋」というものがある。敵玉を詰ますパズルのような問題なのだが、これをたくさん解くと終盤力が向上すると言われている。これを好む藤井は幼少期から大量に解いており、またスピードも抜群だった。

「詰将棋解答選手権」という大会に藤井は8歳から参加していた。5回目の出場で全問正解を達成し、12歳で史上最年少優勝を記録した。藤井が将棋界に初めて与えた衝撃と見る向きもあり、これで藤井の存在を知った棋士も多い。

「ギフテッド」としか形容しようがない才能

 突き詰めていくと、ではなぜ幼少期からそれほど詰将棋を解くのが早かったのか、ということになるが、それは「天性のもの」というほかない。プロ棋士は皆が才能の塊で、特にトッププロはそれが顕著だ。その中でも突き抜けている藤井を形容するには、「ギフテッド」という言い方が最も適切だろう。

史上初の「八冠」となった藤井聡太竜王・名人 ©文藝春秋

 次は精神面だ。23年6月に名人を獲得して七冠を達成した後、藤井は八冠について尋ねられることが増えた。だが答えはいつも判で押したように「意識していない」。そして八冠を達成した後の記者会見でも、藤井は何度も「実力不足」と自分に厳しかった。質問をかわそうとしているのか、謙遜をしているのか。