『フェイブルマンズ』もまさしくサミー少年の映画の原体験から始まる作品ではあるのだが、それが家族の幸福な時代に対するノスタルジーや、ましてや大物監督のナルシシスティックな自己開示に利用されることはない。サミーは『地上最大のショウ』を観たことで文字通り映画に取り憑かれ、衝突シーンを再現することに夢中になるが、これはほとんどオカルトのようなものである。映画がひとりの人間を内側から破壊し、永遠に変える力を持つ芸術であることを、スピルバーグはここで端的に差し出してみせるのだ。そしてわたしたちもまた、映画館での体験からはじめての映画制作へと至る冒頭のくだりにおける、もはや魔術的に優雅な光と闇のコントラストにたちまち魅了されることだろう。
差別主義者すら変容させる映画の力
サミーは自身の映画によって母親の人生すら変えてしまうが、それでもなかば宿命的に映画作りに邁進する。とりわけ重要なのは、学校でサミーをいじめるユダヤ嫌いのローガンが、サミーが生徒たちのひと夏の思い出をドキュメンタルに撮影した映画のなかで躍動し、誰よりも輝いている自分を目撃し衝撃を受ける箇所だ。サミーは差別主義者ですら醜悪なものとして描かず、映画の力でかれ自身を変容させてしまった。その破壊性と無限の可能性。本作にはだから、映画の獰猛さを畏怖してなお、それに身を捧げた者の喜びが漲っているのだ。
INTRODUCTION
数多くの大作でファンを魅了してきたスティーヴン・スピルバーグ。本作は巨匠が映画と出会った“原体験”にフォーカス、周囲の人間と映画の関係をも見つめ直した自伝的映画だ。『ミュンヘン』(06)、『リンカーン』(12)、『ウエスト・サイド・ストーリー』(21)でもタッグを組んだ脚本トニー・クシュナー(今回はスピルバーグとの共同脚本)、スピルバーグ組常連の音楽ジョン・ウィリアムズとスタッフ陣も盤石。一方のキャスト陣は意外性のある顔ぶれだ。
STORY
1952年、少年サミー・フェイブルマンは両親と初めて映画館を訪れる。『地上最大のショウ』(52)を見たことで映画に夢中になり、自身も8ミリカメラを手に、制作にのめり込んでいく。やがてティーンエイジャーとなったサミー少年(ガブリエル・ラベル)はますます映画に没入するが、母ミッツィ(ミシェル・ウィリアムズ)や父バート(ポール・ダノ)ら家族、そして学校での生徒たちとの関係といった、現実との対話もはじまっていく。
STAFF&CAST
監督:スティーヴン・スピルバーグ/脚本:スティーヴン・スピルバーグ、トニー・クシュナー/音楽:ジョン・ウィリアムズ/出演:ミシェル・ウィリアムズ、ポール・ダノ、セス・ローゲン、ガブリエル・ラベル、ジャド・ハーシュ/2022年/アメリカ/151分/配給:東宝東和