「週刊文春CINEMA」の≪BEST CINEMA 2023≫第4位は、『フェイブルマンズ』。『インディ・ジョーンズ』シリーズ、『E.T』、『シンドラーのリスト』…世界最高のヒットメーカーが、映画を愛するがゆえの現実世界との葛藤を描く自伝的1本。
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スピルバーグの映画には、呆気に取られて何かを見つめる人びとが多く登場してきた。その対象は遥か彼方からやって来た宇宙船だったり、愛らしい異星人だったり、絶滅したはずの恐竜だったりするのだが、いずれにせよ、そうした場面は「映画を観ること」の暗喩ではないかとたびたび指摘されてきた。驚異的な光景を目撃したことで決定的に何かが変容してしまう人間たちの姿はまさしく、映画を観ることで決定的に人生を変え(られ)てしまったスピルバーグ本人の投影でもあっただろう。
自らの核心をあっさり晒すスピルバーグ
自伝的作品だという『フェイブルマンズ』では、その対象がついに「映画」そのものとして示されている。魂を抜かれたようにスクリーンを見つめる人びと。映画を観たことで生き方そのものが揺らぐ者たち。晩年期に入ったと言っていいだろうスピルバーグがいま、自らの作家性の核心をある意味あっさりと晒していることに慄かずにはいられない。『フェイブルマンズ』にはだから、巨匠がもう言い残すことはないと宣言したかに思える迫力すら宿っている。
甘美なノスタルジーに陥るかと思いきや…
じつのところわたしは、名監督が自らの半生を振り返りつつ「映画」そのものを主題にすることに、いくらかの不安を抱えていた。幼少期の記憶と映画の原体験を結びつける作品は無数にある上に、同じように映画に魅せられてきた観客たちと共有されることで作り手も受け手も無条件に甘美なノスタルジーに陥りがちだ。映画が娯楽の王様ではなくなっている現在であればなおさら、かつての美しい記憶として映画館での体験が安易に召喚されてしまうのだ。