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最低2万字以上がノルマの卒論に取り組む

 須崎(静岡県)・那須(栃木県)の御用邸での静養の際には、天皇ご一家は最寄りの駅頭で歓迎の市民と会話する。幼少のころは雅子さまの手を離さなかった愛子さまが、中学、高校に進むにつれ、歓迎の人たちとの会話も自ら積極的に話しかけるようになっていった。小学生から始めた蚕の飼育は交配を繰り返しながら現在も続けている。

 中学では静岡県沼津市の海で3キロメートルを泳ぎ切るなど、スポーツも万能だ。一方で、チェロを演奏し、オール学習院の集いなどでオーケストラの一員として陛下とともに舞台にも立ち、18年には英国の「イートン・サマー・スクール」プログラムに参加、英語にさらに磨きをかけた。来日した欧州の王室の方とも英語で会話している。

 高校卒業時は、平安時代の猫と犬に関して文学作品を通じて考察したレポート(400字詰め原稿用紙60枚以上)を提出、そうした関心が大学での専攻に結びついており、目下、最低2万字以上がノルマの卒論に取り組んでいる。

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 こうした愛子さまの聡明ぶりも相俟って「女性天皇容認論」も巷間語られるようになった。国民にとっては、将来の皇室像の選択肢が広がっていると言えるかも知れない。

広い意味での帝王学

「講堂の天井の高さはどのくらいありますか」。宮内庁の幹部は、悠仁さまからこんな問い合わせを受けた。秋に宮内庁職員組合主催で庁舎3階の講堂で文化祭が開かれ、手工芸品、絵画などの作品を展示、両陛下はじめ皇族方も出品する。

 悠仁さまは小学校低学年の時、厚手の紙で作った実物大の交通信号機を出品した。普段は大きさを意識することはないが、間近で見るとかなりのサイズだ。赤青黄色に点滅する装置も付け、見た目は本物そっくり。信号機を取り付けるポールの高さをどのくらいまで伸ばせるのか、会場の天井の高さを確認したのだ。「作品は精緻で精巧、事前に高さを確認する用意周到さに驚いた」と幹部は振り返る。