ちなみに、毎週火曜日に行われる定例の理事会は、NHKのホームページに議事録が公開されており、誰でも読むことができる。
例えば、4月24日の会議の議事録(6月2日公開)で、初めてBS番組のネット配信問題についての記載が出てくる。だが、稲葉会長が淡々と「特命監査の実施」や「速やかな対応」を命じるのみで、議論はあっという間に終わり、議事録もわずか3ページで済まされている。NHKがこの問題の公表に後ろ向きであったことが窺い知れる。
今回入手した「厳秘」の資料を読むと、その5日前の4月19日に開かれた非公表の臨時役員会で、理事たちが初めてこの問題を議論し、事の重大性を認識するに至ったことが分かる。理事たちの生々しい言葉の応酬が一言一句、正確に記録されており、感情の揺れ動きも伝わってくるばかりか、今回の問題に新たな光を投げかける重大な事実もいくつか記載されていた――。
副会長の不意打ち
役員会議室には30人は座れそうな巨大な楕円形のテーブルが置かれている。その中央に稲葉会長が鎮座し、理事たちが会長を挟んで二手に分かれるようにして、間をあけながら座っている。この日は秘書室長やリモート参加の監査委員もいた。
〈それでは二つ目の項目に移ります。NHKプラスにおける衛星番組の配信対応整備についての稟議についてです。今、投影しております。この稟議書なんですけども、この稟議は決裁を経て、調達、落札まで済んでおります。しかし、本稟議につきましては、同稟議添付の資料が示す通り、NHKが大臣認可等を必要とする「NHKインターネット活用業務実施基準」のもとでは、現在実施することができないものであるにもかかわらず、受信料の支出を行う決定が行われる内容となっていました〉
冒頭で突然、こう切り出したのは、井上樹彦副会長だった。生真面目を絵にかいたような風貌で、黒髪を七三に分け、眼鏡を光らせている。会議の議題について何も知らされていなかった理事たちは、にわかに動揺し始めた。
井上は今年2月に新しく副会長に就任している。政治部で長年記者を務めた、いわば“生え抜き”のナンバー2だ。政治部長や編成局長を歴任し、2014年から16年には理事にまで上り詰めている。だが当時の会長だった籾井勝人のもとで発覚した不祥事対応をめぐって、子会社に飛ばされた過去がある。いわくつきの土地取引を進めていたが、突然、役員会議の場で反旗を翻し、計画の見直しを迫ったために籾井の不興を買ったのが原因だと言われている。
前出のNHK関係者が語る。
「今回、井上氏は実に7年ぶりにNHK執行部にカムバックを果たしたことになります。稲葉会長は『日本銀行』出身であり、外部からNHK会長に登用されたため、局内の事情については何も分からない素人も同然。そこで経験豊富な井上氏が新体制を支える“知恵袋”の役割を担っているわけです。
前任の前田会長時代には、人事改革や営業改革など、強引な改革が次々と断行され、職員たちの間でも不満が噴出していました(本誌「前田会長よ、NHKを壊すな」で詳報)。今回の『稲葉・井上体制』は、就任当初の会見から『改革の検証と発展』を掲げていますが、それは要するに前田改革の成果を悉くひっくり返すことが目的なのです」
BS番組のネット配信計画も稲葉会長と井上にとっては、前田時代の“負の遺産”と映ったに違いなかった。資料を読むと、井上が今回の臨時役員会を予め仕掛けており、終始、主導権を握っていたことが分かる。
〈本議案をそのまま放置すれば、違法性の疑いはまぬがれないものであるため事実関係の調査とともに適切な対処を行いたい〉
この井上の発言に、他の理事たち、とくに稟議を承認した理事たちは露骨に狼狽え始めた。稟議を承認した理事は、伊藤浩、山内昌彦、林理恵、熊埜御堂朋子、児玉圭司、それに副会長の正籬聡を加えて計6人の名前が公表されている。いずれも前田体制では重用されていた面子だ。