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専門家が直面した3つの課題

 第一は、データ不足である。そもそも対策づくりの一丁目一番地は、疫学情報の迅速な共有だ。しかし今回のコロナ対策にあたっては医療機関の診療情報と保健所の疫学調査情報の連結が行われておらず、また自治体間で個人情報の扱いが異なったことなどもあって、必要な情報が迅速に国・自治体間あるいは自治体間で共有されていなかった。

 こうした脆弱さが、タイムリーな感染対策を提言する上で大きな障害となっていて、これを補うため一部の専門家の属人的な努力に依存せざるをえなかった。例えば、感染伝播の特徴を捉え、後ろ向きの接触者調査でクラスターを特定する日本独自の対策を編み出したクラスター対策班の専門家たちは、各地の地方紙のオンライン記事に載っている感染者情報を拾ってパソコンに入力していた。人手が足りず、自分の研究室の大学院生なども駆り出された。過労で体を壊し、入院を余儀なくされた専門家もいた。

対策の大筋について共通の認識が得られにくくなっていった

 第二に、時間の経過とともに、感染症に対する考え方や求める対策の大筋について社会全体の共通認識が得られにくくなってきたことだ。

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 新型コロナの3年半は、大きく3つの時期に分かれる。1つ目は、全くの未知のウイルスを相手に試行錯誤を繰り返した時期(初期)、2つ目は、医療逼迫が何度も起きるほど感染が広がった時期(中期)、3つ目は社会・経済を動かすために感染症法上の分類を5類へと変更させる議論が行われた時期(後期)だ。全くの偶然だが、それぞれ、安倍政権、菅政権、岸田政権の時期と重なっている。

 初期の頃は、ウイルスに関する情報が極めて限られていた。未知の病気への不安から、接触8割削減や3密回避のような強い対策に対しても、国民の間で一定の共通認識があったように感じられた。それが中期や後期になると、失業率の上昇、婚姻数や出生率の低下への危機感が強まった。超過自殺者に若い人が多く、子供や女性もいた。感染を通じて亡くなる命と同様に、経済が止められているために失われている命も看過できないという議論が高まった。

 情報も多くなり、人々の経験も蓄積してきたにも関わらず、立場や価値観によって求められる対策の大筋などについて共通の認識が得られにくくなっていった。これは非常に複雑な状況で、専門家の間でもなかなかコンセンサスが得られなかった。

「専門家が検査を抑制しているのではないか」という批判

 第三に、専門家の提言の内容やその根拠が、なかなか社会に伝わらなかったことだ。100本の提言を出すにあたっては「検査・保健所・医療提供体制」「行動制限・行動変容」を中心に、できるだけ科学的な根拠と元になるデータを示してきた。

 提言を出すたびに記者会見を行い、提言の内容や根拠を詳しく説明してきた。提言書は、政府のウェブサイトなどで全て公表され、議事概要も公開されている。私たちは提言の内容が理解された上で、その是非や別の対策案などの議論が深まることを期待したが、実際には、提言の一部だけを取り上げた議論が多かった。

「専門家が検査を抑制しているのではないか」という批判を受けたことがその典型例であった。