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「40万人以上が死ぬ」のトラウマは今も オミクロンが突きつける“日本人の弱点”

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 月刊「文藝春秋」2022年3月号に掲載された、評論家の與那覇潤さんと文芸批評家の浜崎洋介さんによる対談「オミクロンが突きつけるもの」の一部を転載します(※この対談は2022年1月23日に実施されました)。

「不安の声」がメディアによって増幅された

與那覇 オミクロン株の感染が拡大し、特措法に基づく各種の規制が適用される都道府県も、増える一方となりました。2020年以来、もう見飽きた展開とも言えます。

 むろん変わった点はあり、ワイドショーを見てもスタジオのフリップやコメントでは、過剰な対策への慎重論をある程度採り上げています。しかし番組全体の印象では、街頭インタビュー等での「不安の声」が強調され、記憶に残ってしまう。

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浜崎 メディア関係者に言わせると、不安と恐怖で煽る方が「数字(視聴率)がとれる」そうですね。

與那覇 「人を不安にさせるのはたやすいが、安心させるのは難しい」という事実こそが、コロナ禍の2年間の教訓ではないでしょうか。そして1度不安に支配された人は、安心を語る政治家や専門家を信用できず、より強い不安を吹き込む人を信じるようになっていく。一種の依存症に近い状態が生まれています。

コロナ禍の「空気」を分析してきた評論家の與那覇潤さん

浜崎 同感です。日本全体がファクトベースではなく、不安ベースのコミュニケーションに翻弄されている。この2年間で第6波まで経験してきて、その知見を積み重ねてきたはずなのに、なぜか、それが全く生かされていない。特に「人流抑制と感染者数は相関がない」ということは、過去5回の波で、すでに何度も証明されている事実です。

與那覇 典型が五輪開催とも重なった第5波(デルタ株)です。世界最悪級の惨事になると煽られた予測に比べれば、被害は僅少。しかも緊急事態宣言が解除され飲食店に人があふれるのに連れて、むしろ感染者数が急減する展開となりました。

浜崎 そうなんです。でも専門家は急減の理由を誰も説明できませんでした。それなのに、いまテレビをつけると、そんなことは無かったかのように人流抑制が唱えられている。私は普段、新聞や雑誌といった活字系メディアに接しているので、たまにテレビを観ると、「何だ、これは」と(笑)、その落差に驚きますね。

與那覇 活字とテレビの落差というご指摘は重要です。人流抑制が感染防止にあまり役立たないことは、ロックダウンを試した欧米でさえ指摘されている事実。しかしそれがなおテレビでもてはやされるのは、単に「絵になる」からでしょう。