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「軽井沢のクマは人に追われた経験がなくどこかのんびりしていて、『人間は怖くない』と学びやすい環境でもありました。人とクマにルールがなく、市街地にゴミが出ていればクマも入ってきます。のんびりとしているクマも、初めて人に遭遇してパニックになることもあります。森が近いといえど、人とクマがある一定の緊張感を持って暮らす必要がありました」

別荘地の道に落ちている栗。軽井沢に広がる国立公園は自然豊かな森だが、針葉樹が多く、実をつける広葉樹は少ない。一方別荘地は、栗や桑などの広葉樹があり、クマが食べ物を求めて下りてきてしまう。画像提供/NPO法人ピッキオ

 軽井沢は国際的な保健休養地として豊かな自然の中で心身を癒す場である。クマによる人身事故は観光地としても大損失であり、町をあげたクマ対策が急がれた。しかし、駆除を続けることは休養地としてのイメージにも関わり、滞在者の心も休まらない。

「クマを駆除し続けることも人身事故も避けなければなりません。両方クリアしていくことを目指し、2000年から軽井沢町が主体となって、本格的なクマ対策が始まりました。それに合わせ、私たちは専門家としてサポートしていくことになりました」

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クマを引きつける要因の除去と個体識別がクマ対策の第一歩

 まず行ったのが、誘引物の除去である。

軽井沢町のクマの生息地にあるゴミステーションに設置された鉄製のゴミ箱。画像提供/NPO法人ピッキオ

 ゴミステーションが餌場となるのを防ぐために、クマに開けられない鉄製のゴミ箱を開発した。クマは学習能力が高く、開かないことを学習するとゴミステーションに近づかなくなる。町内の該当するゴミステーションに徐々に設置するとともに、ゴミ出しのルールも徹底した。農作地には電気柵の設置を促し、クマの侵入を防ぐ対策を講じた。

ドラム缶を2つ繋げた罠にハチミツを置いてクマをおびき寄せる。クマにとって暗闇は落ち着くため、暴れず静かにしているという。扉を格子状の柵に変えて麻酔銃を打ち、眠っている間に発信器をつける。その後、森に運んで放獣する。 著者提供

 同時に、罠を仕掛けてクマを捕獲し、麻酔で眠らせたクマに発信器をつけた。発信器によって個体識別を行い、クマの行動を監視することができる。個体ごとに作られたカルテには、行動監視を通して得られた情報や、性格、癖などを記録している。

「私たちがクマを捕獲するのは、殺すためではなく、生かして個体を調べるためです。クマは個性が強く、なわばりもなく神出鬼没です。問題を起こすクマもいれば何もしないクマもいて、個体の識別を行わないと必要のないクマを駆除することにもつながります」

 さらに、町を、森林(クマ生息地)、別荘地(緩衝)、市街地・住宅地(人間優先)、耕作地(防除)の4つのエリアに分け、それぞれの場所でのクマへの対応の方針を明確に決めた。これによって、クマが出没した際に素早く的確に対応できるようになった。