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「クマを駆除し続けることも、人身事故も避けなければ」被害は激減! 人とクマの共生を実現する、軽井沢の“ベアドッグ”のお仕事

2023/12/22
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「あら、クマを追い払うワンちゃんよね」「おりこうね」

 軽井沢の林の中、クマ鈴を付けて散策中の女性たちが、犬に目を留め、声をかける。「どうぞ撫でてください」と、犬の傍らで田中純平さんはにこやかに返した。  

 タマというその犬は、「ベアドッグ」と呼ばれるクマを追い払う仕事をする犬だ。田中さんは日本で最初のベアドッグハンドラーである。おとなしく伏せるタマのまわりに人が集まり、頭や背中をやさしくさする。ひととき、ベアドッグやクマの話題で盛り上がった。 

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ハンドラーの田中さんとベアドッグ「タマ」 画像提供/NPO法人ピッキオ

 黒と白の毛色、立ち耳に巻き尻尾、顔つきは日本犬にも似ている。「カレリアン・ベア・ドッグ」というフィンランド原産のヒグマ猟を行う猟犬だ。アメリカでクマ対策に力を発揮する犬として導入され、クマの匂いや気配を察知するための特別な訓練を受けたのち「ベアドッグ」として活躍している。2004年に軽井沢に初めてベアドッグが導入され、タマはその2代目となる。

 令和5年度のクマが関わる人身被害数は、ツキノワグマで203人(うち死亡4人)、ヒグマは9人(うち死亡2人)にのぼる※1。また、10月末時点で、捕獲されたクマのうち、98%にあたる6287頭が捕殺(駆除)※2されている。

※1 環境省「クマ類の人身被害について 速報値」R05年11月末暫定値
※2 環境省「クマ類の捕獲数(許可捕獲数)について 速報値」R05年10月末暫定値
  

クマとの遭遇の注意を促す看板が掲げられている。 著者提供

 捕獲されたクマの大半が駆除されるなか、駆除をしない「非捕殺」の件数が全国一多いのが長野県だ。そのカギを握るのが軽井沢町である。軽井沢は人とクマの共生に取り組み、NPO法人ピッキオが中心となって、四半世紀にわたりクマ対策に力を入れてきた。ベアドッグやIT技術も駆使し、6月から10月末までは、毎日24間体制でクマから町を守っている。

 田中さんは、ベアドッグを“人とクマの親善大使”と表現し、人との触れ合いも大切な仕事と位置付ける。軽井沢でどのように駆除以外のクマ対策を行なってきたのか。ベアドッグと人はどのような関係にあるのか。軽井沢の林で田中さんと9才のタマに会い、話を聞いた。

市街地、別荘地、森林が続く軽井沢。「いつどこにクマが出てもおかしくない」

ピッキオはエコツーリズムを実践。クマ保護管理事業のほかに、ネイチャーツアーなども開催している。ツアーは「ピッキオ野鳥の森ビジターセンター」から出発する。画像提供/ピッキオ

 避暑地として知られる軽井沢。人が賑わう市街地から林の中の静かな別荘地、上信越高原国立公園の森林へと続く森の町だ。居住区域と自然が重なることから、野生動物とのすみ分けが難しい場所でもある。町は国指定の鳥獣保護区に含まれ、多種多様な鳥獣が生息している。ツキノワグマの生息地でもある。  

 ピッキオが軽井沢でクマの保護管理に乗り出したのは、クマが市街地に出没してゴミに餌付く状態が顕在化した1998年のことだった。北海道でヒグマやエゾシカ等の大型野生動物の保護管理に携わっていた田中さんが2001年にピッキオに加わり、本格的に実態調査と対策が始まった。当時、クマが食べ物を求めて市街地に出没する状態を見て、「きちんと対策を行わないと、人身被害も含めて大変なことになる」と危機感を感じたという。

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