それ以来、脳梗塞で倒れる前は一日2箱吸うほどのヘビースモーカーだったはずのカミさんは、タバコにまったく関心すら示さなくなった。
闘病中の身である彼女が、長年の習慣だったタバコをストレスなく止められるなら、それに越したことはない。そのときの僕は、この事態をさほど深刻に捉えることなく、その程度に思っていた。
台所に行ってみると、そこには…
だが、あわや大惨事に発展しかねないような“事件”もあった。
たとえば料理だ。カミさんは料理が大の得意である。退院して自宅に戻ると、さっそく張り切って台所に立った。
ところが、しばらくすると何かが焦げたような嫌な臭いがする。台所に行ってみると、鍋を空焚きしているではないか!
「ペコ、何やってるんだよ、危ないじゃないか!」
慌てて火を止めたが、彼女は、その横で平然と野菜を切っていた。鍋を火にかけたことなんてすっかり忘れ、目の前の野菜を一心不乱に切っているのだ。彼女の目と鼻の先で焦げている鍋の煙にも、臭いにも一切、気づかないままに……。
それ以来、危ないので絶対に火は使わないようにと言い聞かせている。
だから、料理番は引き続き僕の担当。でも、カミさんは食事中も、どうも様子がおかしい。
「おいしい、おいしい」と食べていたのに、食べ終わった途端、「これ、まずかったわ」と、急に真逆のことを言ったりする。
「今、ペコ、『おいしい』って言って、全部食べたでしょ」
「うん、でも、まずいの」
と、驚いたことにこの調子で、まるっきり会話が成立しないのだ。
最近では、漬物が入っている密閉容器に新しく作った肉料理を重ねて蓋をしたり、残った複数の料理をすべてひと皿にぎゅうぎゅうに盛りつけて冷蔵庫に戻していることもあった。そんなことをしたら、味が混ざってしまうことは誰だって分かるはずなのに。
しかし、言葉が出なかったのは、冷蔵庫に入れるならまだしも、書類などを保管しているリビングの引き出しに料理を詰めた容器が入っていることがあったことだ。
ある日、その容器を発見したときの僕のショックと言ったら……。
それ以外にも、電気をつけたら家中つけっ放し、冷蔵庫の扉もずっと開けっ放し、Tシャツを裏返しに着ても気にしないといった具合だ。冷蔵庫にある牛乳パックをラッパ飲みして、リビングの床中を汚してしまうこともあった。