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「ペコ、いったい、どうしたんだい!!!」

「この人、私の写真を撮ったのよ!」

 そう言って、カミさんは近くにいたカメラを手に持った親子連れを指差した。本当に無断で写真を撮ったのか、親が子供の写真を撮っていて、たまたま、その後ろにカミさんがいたのか。実際のところはどうか分からない。

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 だが、仮に無断で写真を撮影されたとしても、以前の彼女なら公衆の面前で、このような激しい怒り方をすることは絶対になかったはずだ。カミさんのあまりの剣幕に親子連れはすっかり震え上がっているし、他の観光客も静まり返って、彼女に釘づけになっている。

 ここで大騒ぎをするのはまずい。このとき、なんとか、この場を収めようと僕は必死になった。

「ペコ、とりあえず、こっちにいらっしゃい」

「ダメよ! ダメ! 絶対に許せないわ!」

 ところが、カミさんはどんなに僕が言い聞かせても、顔を真っ赤にしたまま叫び続け、まったく聞く耳を持たないのだ。

 とにかく人目を避けるために、若夫婦の嫁さんがペコをなだめながら、砂風呂から続く女湯へとカミさんを連れて行ってくれた。それでも、女湯からはまだペコの怒りの声が聞こえてくる。しまいには、砂風呂にいた他の観光客にも「なんだ、アイツ、まだ怒ってんのかよ。しつこいな」と呆れられる始末……。

理由もなく大声を出すようになってしまった

 この頃から、ペコは出先で急に怒ったり、理由もなく大声を出したりすることが多くなった。

 たとえば、通院帰りに病院近くの商店街を一緒に歩いていたときのこと。カミさんが突然、大声を上げたのだ。どうやら、すれ違いざまに通行人に触られたと思い込んだようだった。でも、実際は誰も、そんなことはしていない。道行く人は皆、一様に驚いて彼女を見つめている。

 僕はすれ違った人に慌てて頭を下げ、カミさんを連れて逃げるように商店街を後にするしかなかった。