ケリー・ライカート 声色や話すスピードなど、いろいろ考えながら演出していたとは思うのですが……正直なところ、『ファースト・カウ』の撮影はずいぶん前のことで細かいことはあまり覚えていないのです(笑)。ただ、オリオン・リーは当時ロンドンに住んでいて、とても洗練されたアクセントの英語を話していたので、その洗練された感じを少し取るようにお願いしたのを覚えています。それと言葉の面で苦労したのは、当時あの地に暮らしていた先住民の話していたチヌーク・ワワ語を俳優たちに覚えてもらうことでした。発音が難しい言語でみんな苦労していましたが、仲買商の妻を演じたリリー・グラッドストーンだけは、すぐに習得して完璧に話してくれました。
すべての映画がある一つの集合体を成している
――本作には、牛をはじめ、犬や猫などいろんな動物が登場します。『オールド・ジョイ』や『ウェンディ&ルーシー』をはじめ、ライカート監督の映画にはいつも魅力的な動物たちが登場しますね。
ケリー・ライカート 人間の善悪とは関係なく自然界に存在する彼らは、映画作りに欠かせない存在です。彼ら自身が物語の一部を担ってくれるだけでなく、登場人物の人柄を引き出してくれます。動物がいるだけで、俳優は演技をしながら自然な反応をすることができ、その時そこでしか起こらない何かをカメラに収められるのです。
『ファースト・カウ』での動物たちは、「食」を象徴する存在でもあります。ここでは、人間がリスや魚を捕まえて貴重な食料にしたり、牛乳を盗んでドーナツ作りに使ったりします。それから鳥もたくさん登場しますよね。
――『ファースト・カウ』の次に監督された最新作『ショーイング・アップ』(22)も、このたび特集上映されます(12月22日より全国4都市)。『ファースト・カウ』が男性二人の親密な関係を描いた映画であるのに対し、『ショーイング・アップ』は女性二人の親密な関係を描いていますが、この二作品を対になるような形で作ろうと意識されていたのでしょうか?
ケリー・ライカート いえいえ、『ファースト・カウ』は原作ものですし、二つの作品が何か特別な関係を成すように、という意識は特にありませんでした。ただ、私と(長年一緒に作品を手がけてきた)共同脚本家のジョナサン・レイモンドには、脚本を書くうちに二人の人間の関係性というテーマに寄っていく傾向があるようで、自然とその要素が出てきたのでしょう。二作品に繋がりがあるわけではないけれど、私たちが手がけるすべての映画がある一つの集合体を成していると言えるのかもしれません。
Kelly Reichardt/1964年、アメリカ・フロリダ州生まれ。94年に『リバー・オブ・グラス』で長編監督デビュー。他の作品に『オールド・ジョイ』(06)、『ミークス・カットオフ』(10)など。2021年に日本で初めて特集上映が組まれ映画ファンから熱狂的な反響を集めた。